投稿日:2026.1.23/更新日:2026.1.23
腹膜播種とは、がんが腹膜に転移した状態のことです。胃がんや大腸がん、卵巣がんなど、日本人に多いがんで起こりうる病態であり、珍しいものではありません。実際、胃がんや卵巣がんで亡くなられる方の半数近くが、この腹膜播種に伴う症状に直面されるといわれています。
本記事では、腹膜播種の原因や治療方法などについて詳しく解説します。
腹膜播種は、がんが腹部の臓器を覆っている薄い膜である腹膜に転移した状態を指します。がん細胞がお腹の中に散らばっていく様子が、畑に種をまいているように見えることから「播種(はしゅ)」という名前がついています。
胃がんや大腸がん、膵臓がん、卵巣がんなどで起こりやすく、珍しい病態ではありません。胃がんや卵巣がんで亡くなられる方の半数近くが腹膜播種に伴う症状に苦しむとされており、多くの患者さんやご家族にとって向き合う可能性のある重要な病態です。
腹膜播種は、元々ある臓器のがんが大きくなって、臓器の壁を突き抜けることで起こります。人間のお腹の中には腹膜という薄い膜で覆われた大きな空間(腹腔)があり、その中に胃や腸、肝臓、膵臓、卵巣などの臓器が収まっています。これらの臓器にできたがんは、最初は臓器の内側にある粘膜から発生しますが、成長するにつれて内側から外側へと進んでいきます。
がんが内側の粘膜から筋肉の層を通り、さらに外側の表面(漿膜)まで到達すると、表面からはがれ落ちたがん細胞が腹腔という空間の中に散らばってしまいます。散らばったがん細胞は腹膜に付着し、そこで増殖を始めます。この過程は、血液やリンパの流れを介して転移する肝転移や肺転移とは異なり、直接お腹の中にばらまかれる形で広がっていくのが大きな特徴です。
腹腔は広い空間であるため、一度がん細胞が散らばると広範囲に転移が広がってしまうことになります。
腹膜播種は、初期の段階では症状が現れにくいことが多く、それが早期発見を難しくしている要因となっています。しかし、病状が進行してくるとさまざまな影響が体に現れてきます。
とても多く見られる症状の一つが腹水の貯留です。腹膜播種のがん細胞が刺激となって、お腹の中に液体が異常にたまってしまいます。腹水がたまるとお腹が張る感覚(腹部膨満感)が強くなり、見た目にもお腹が膨らんで見えるようになります。また、腹水がたまることで呼吸が苦しくなったり、食事が十分に取れなくなったりすることもあります。
さらに、がん細胞が大きくなって腸を外側から圧迫すると、食べ物の通りが悪くなって腸閉塞を起こすことがあります。腸閉塞になると、強い吐き気や嘔吐、腹痛といった症状が現れます。
その他にも、尿管が圧迫されて尿の流れが悪くなったり、肝臓や胆管が圧迫されて黄疸が出たりすることもあります。これらの症状により、食欲不振や体重減少、全身の倦怠感などが現れ、日常生活に影響を及ぼすことになります。
腹水が多量にたまる場合には、単回の穿刺排液だけでなく、Cell-free and Concentrated Ascites Reinfusion Therapy(CART)という方法で、穿刺した腹水を濾過・濃縮して細胞や細菌などを除き、アルブミンなどの有用タンパクを含む濃縮液を点滴で体内へ戻すことで、腹部膨満・呼吸困難・倦怠感の軽減や低アルブミン血症の改善が期待できます。
CARTの改良法であるKM-CARTはフィルター閉塞を起こしにくく、安全かつ効率的に外来でも施行可能と報告されています。(※CART/KM-CARTはいずれもがん性腹水の支持療法で、症状緩和と栄養状態の維持に有用とされています。)
さらに、KM-CARTでは回収した腹水から腫瘍細胞や細胞外小胞(エクソソーム)を採取して病理・分子解析に活用できる利点があり、当グループでは、得られた腫瘍細胞を破砕して作製する「自家腫瘍ライセート」を樹状細胞ワクチンの抗原源として用いる個別化免疫療法にも取り組んでいます。
腹膜播種が発見されるタイミングとして多いのが、腹水がたまってお腹が張ってきたり、腸閉塞などの症状が出たりして初めて医療機関を受診した時です。詳しく検査をした結果、腹膜播種が見つかることが多いのです。
その時点ですでに病状が進行していることも少なくありません。また、別の理由で手術を受けた際に、お腹を開いてみて初めて腹膜播種が見つかるケースもあります。
がんの手術を行う際には、腹腔内を洗浄して顕微鏡で観察する「洗浄細胞診」という検査を行うことがあり、この検査で目に見えないがん細胞が見つかることもあります。
腹膜播種はお腹の中の広い範囲に散らばっているため、手術だけで完全に取り除くことは困難です。そのため、抗がん剤を使った化学療法が治療の中心となります。
通常の点滴による治療に加えて、お腹の中に直接抗がん剤を注入する腹腔内化学療法など、新しい治療法も注目されています。原発がんの種類や進行の度合い、腹膜播種の広がり具合、そして患者さまの全身状態などを総合的に判断して、適した治療法が選択されます。
腹腔内化学療法は、お腹の中に直接抗がん剤を注入する治療法で、腹膜播種に対する新しい治療法として期待されています。この治療法が開発された背景には、通常の点滴による全身化学療法では腹膜播種に十分な量の薬が届きにくいという課題がありました。腹膜を流れる血液量は全身を循環する血液のわずか1〜2%程度しかないため、点滴で投与した抗がん剤のごく一部しか腹膜播種に到達できなかったのです。
腹腔内化学療法では、お腹の皮膚の下に小さな装置(腹腔ポート)を埋め込み、そこから抗がん剤を直接腹腔内に注入します。注入された抗がん剤は腹腔内全体に広がり、高い濃度のまま腹膜播種と直に接触できるため、より高い効果が期待できます。特にパクリタキセルという抗がん剤を使った腹腔内化学療法の研究が進んでおり、パクリタキセルは腹腔内に長時間とどまる性質があるため、3日間以上も有効な濃度が保たれることが確認されています。
腹膜播種に対する治療は進化しており、さまざまな新しいアプローチが研究・開発されています。その一つが「完全減量手術」です。これは腹膜播種の病変を腹膜ごと切除する方法で、病変がある腹膜や臓器をまとめて取り除くことで、視認できる病変を完全に除去することを目指します。
完全減量手術(CRS)と温熱腹腔内化学療法(HIPEC)の併用はがん種によりエビデンスが異なり、卵巣がん一次治療では再発リスク低減・生存指標の改善が無作為化試験(OVHIPEC)で報告される一方、大腸がん腹膜転移ではPRODIGE-7試験でOS上乗せは示されませんでした。
腹膜播種は手術だけで完全に治すことが難しい病態ですが、完治が不可能というわけではありません。腹膜播種の範囲や原発がんの種類、治療への反応、そして患者さまの全身状態などによって、経過は大きく異なります。化学療法が効いて手術が可能になるケースや、長期生存が得られるケースもあります。「腹膜播種=治らない」と考えるのではなく、適切な治療と個々の状況に応じたアプローチを行うことで、より良い結果を目指すことが可能です。
完治を目指せる可能性があるのは、いくつかの条件が揃った場合です。
まず、腹膜播種の範囲が比較的限られており、他の臓器への遠隔転移(肝臓や肺など)がないことが重要です。腹膜播種だけであれば、適切な治療によってコントロールできる可能性が高まります。
次に、化学療法に対する反応が良いことも大切な条件です。抗がん剤治療によってがんが縮小し、手術で病変を完全に切除できる状態になった場合には、長期生存や治癒の可能性が出てきます。このように化学療法後に手術が可能になることを「コンバージョン手術」と呼び、近年注目されています。
また、患者さま自身の体力や全身状態も重要な要素です。手術や化学療法は体に負担をかける治療ですので、ある程度の体力があることが望まれます。実際に、術前化学療法と手術、術後化学療法を組み合わせた包括的治療により、10年以上の長期生存を得られた症例もあります。
腹膜播種の予後は、元のがんの種類によって大きく異なるとされています。
例えば、胃がんから腹膜播種が起こった場合、標準的な化学療法での生存期間中央値は12〜14ヶ月程度とされています。生存期間中央値とは、治療を受けた患者さまのうち、生きている方が半数になるまでの期間を意味します。特にスキルス胃がんや膵臓がんの腹膜播種は、進行が早く抗がん剤治療にも抵抗性が強いため、予後が厳しいとされています。ただし、腹腔内化学療法などの新しい治療法により、従来よりも良好な成績が得られるケースも増えてきています。
一方で、卵巣がんでは5年生存率が約半数と、比較的良好な経過をたどることがあります。卵巣がんの腹膜播種は大きな結節が散在する形をとることが多く、手術での切除や抗がん剤治療に対する反応も良いため、年単位での予後が期待できます。
大腸がんの腹膜播種の場合、従来は生存期間中央値が2年に満たず、5年生存率は5%未満とされていましたが、近年の治療法の進歩により、状況は改善しつつあります。個々の状況に応じた適切な治療を受けることで、より良い結果が期待できるようになっています。