投稿日:2026.7.7/更新日:2026.10.7
この記事でわかること
頭痛や手足の動かしにくさといった異変から脳腫瘍が見つかり、大きな不安を抱えながら治療に向き合う方は少なくありません。悪性脳腫瘍である膠芽腫やグリオーマの治療は、標準治療を軸にしながらも新たなアプローチの検証が続いています。今月届いた臨床試験の結果や医療環境の議論から、現在の標準治療の意義とこれからの展望を整理してお伝えします。
局所制御の向上を目指し、光感受性薬剤とレーザー光を組み合わせた治療法の試験が始まりました。国立がん研究センターを中心とする研究グループが、転移性脳腫瘍の摘出術後に行う光線力学的療法の第2相臨床試験を先進医療Bとして開始しました。
この治療は、あらかじめ腫瘍組織に集まる光感受性物質を投与し、手術で腫瘍を摘出した後の病変部に特定の波長のレーザーを照射する手技です。肉眼では取りきれない微小な残存腫瘍細胞を選択的に破壊し、局所再発を抑えることを狙いとしています。
光線力学的療法は、すでに原発性の悪性脳腫瘍である膠芽腫など一部の疾患で保険適用されています。今回の臨床試験は、肺がんや乳がんなどから脳へ病変が飛んだ転移性病変に対象を広げるための取り組みです。先進医療Bでの実施であるため、限られた指定医療機関で安全性と有効性を慎重に検証する段階に位置づけられます。
私たちの外来でも、他臓器のがん治療中に頭部の病変が見つかり、今後の生活や治療の継続について不安を訴える患者さんが多くいらっしゃいます。既存の放射線治療に加えて外科手術時の局所制御手段が増えることは、治療戦略の幅を広げる助けになります。適応条件や参加方法について知りたい方は、主治医や当グループにお気軽にご相談ください。
新規診断の膠芽腫に対する腫瘍治療電場療法の開始時期を検証した大規模臨床試験の結果が明らかになりました。Novocure社が発表したTRIDENT試験において、化学放射線療法の開始と同時に治療電場を開始しても、維持療法期から始める標準手順と比べて全生存期間の有意な延長は認められませんでした。
腫瘍治療電場療法(TTFields)は、頭皮に電極パッドを貼り、低強度の交流電場を流してがん細胞の分裂を阻害する非侵襲的な治療法です。これまでは、手術後にテモゾロミドと放射線を併用する初期治療を終えた後の維持療法期から導入することが標準的な使い方でした。
今回のTRIDENT試験では、より早い段階から電場を照射することで効果を高められるかどうかが注目されていました。全生存期間で有意差がつかなかったという結果は、早期開始の優位性を示せなかったという意味で一見すると厳しい知らせに受け取れるかもしれません。
しかし、この結果は既存の標準治療である維持療法期からの導入を否定するものではありません。決められた手順で電場療法を続ける現在の使い方の根拠が改めて再確認されたと捉えられます。治療装置の装着時間や皮膚トラブルへの対処など、日常生活との兼ね合いに悩まれる方は少なくありません。外来でも患者さんから機器の使い方について相談を受けますが、無理のない継続計画を立てることが大切です。
疑問があれば主治医に率直に伝えてみてください。
がん対策基本法の成立から20年が経過し、薬物治療の高度化と同時に専門人材の不足が全国的な課題として浮かび上がっています。都道府県がん診療連携拠点病院を対象とした調査では、回答した医療機関の約9割が薬物治療の専門医が不足していると答えました。
悪性脳腫瘍の代表格であるグリオーマの診療現場でも、この課題は無縁ではありません。近年はWHOの脳腫瘍分類において分子遺伝学的特徴が不可欠となり、IDH変異や1p/19q共欠失、MGMTプロモーターのメチル化状態といった遺伝子検査が正確な診断と予後予測に欠かせない要素となっています。
がん遺伝子パネル検査の普及により、患者さんごとの遺伝子変異に合わせた分子標的薬の選択肢を模索する個別化医療が広がっています。とはいえ、得られた網羅的な遺伝子情報を適切に解釈し、実際の治療選択肢へとつなげるには高度な専門知識を持った医療チームの介在が不可欠です。
当院でも患者さんから、遺伝子検査を受けたものの結果をどう受け止めればよいか迷っているという声を耳にします。検査結果を日々の治療方針に反映させるには、脳神経外科医と腫瘍内科医が緊密に連携する体制が欠かせません。遺伝子プロファイルに基づいた治療選択肢の有無について、主治医や当グループなどの専門施設へ意見を求める姿勢が力になります。
脳腫瘍に対する薬物療法は、血液脳関門という障壁や免疫抑制的な腫瘍微小環境が存在するため、長らく新規薬剤の開発が難しい領域とされてきました。しかし、ゲノム解析の進化や腫瘍組織周囲の環境に対する理解が進むにつれて、単一の治療法に頼らない多角的なアプローチが検討されています。
膠芽腫組織の周囲には免疫細胞の働きを抑え込む微小環境が形成されており、これが薬剤の効果を妨げる一因とされています。先述の光線力学的療法や腫瘍治療電場療法といった物理的な局所アプローチは、単に腫瘍を叩くだけでなく、局所の微小環境を変化させて抗腫瘍免疫を活性化させる可能性についても研究が進められています。
現在すぐ保険診療で使える治療法と、臨床試験で開発中の先進的な治療法には明確な境界が存在します。だからこそ、まずは確立された標準治療を土台に据え、その上で遺伝子変異の状況や体力に応じた選択肢を整理することが重要になります。治療の現在地を見極めたい時は、抱え込まずに専門医へ相談してください。
当院の実例
放射線・抗がん剤で進行した膠芽腫(IDH野生型)に樹状細胞ワクチン療法を併用し、MRI上の進行停止を維持している42歳男性
手術では切除できず生検のみで閉頭。放射線とテモダール、アバスチンでも5か月後に進行と判定されました。ご家族の希望で樹状細胞ワクチン療法を併用したところ、全身状態は良好でMRI上も進行停止を維持しています。
※個別の症例であり、治療効果には個人差があります。同じ結果をお約束するものではありません。
今月は転移性脳腫瘍に対する光線力学的療法の先進医療B開始や、膠芽腫におけるTTFieldsの第3相試験結果など、局所治療を軸とした進展が見られました。同時に、がん対策基本法20年を経て、高度化する薬物療法やゲノム医療を支える医療体制のあり方にも関心が集まっています。
脳腫瘍はプレシジョンクリニックグループが創業以来最も力を注いで取り組んでいるがん種の一つです。当グループでは、がんゲノム解析を通じた個別化医療の実績を積み上げており、患者さん一人ひとりの腫瘍微小環境を見据えた治療選択肢の提示を大切にしています。標準治療の継続に悩んでいる方や、遺伝子検査の結果をもとに今後の戦略を検討したい方は、主治医と相談しつつ当グループへ気軽にご相談ください。
国立がん研究センターで第2相試験が始まった段階で、対象と参加施設が限られます。摘出後の残存病変に対して免疫療法を重ねる設計は当院でご相談いただけます。
TRIDENT試験は初発膠芽腫で放射線治療中からの早期開始を検証しました。結果の解釈は主治医と確認してください。当院では電場療法や放射線と並行して樹状細胞ワクチン療法を行う設計を行います。
がんゲノム医療の拠点病院や連携病院で受けられます。IDH変異などの結果は治療方針の根拠になり、当院では免疫療法の抗原選択にも活用します。
監修:矢﨑 雄一郎 医師
プレシジョンクリニック 東京院長/医療法人社団プレシジョンメディカルケア 理事長 | 専門分野:一般外科・消化器外科
がんゲノム情報に基づく個別化医療と免疫療法を専門とし、標準治療と組み合わせた治療設計に取り組んでいます。著書『免疫力をあなどるな!』。
【免責事項】本記事は2026年6月に公表された公的機関の発表・査読論文・主要医学メディアの報道に基づいて作成しています。一般的な医療情報の提供を目的としており、特定の患者様への診療を行うものではありません。記載した治療のなかには、国内の保険適用や大規模臨床試験で標準治療として確立されていないものも含まれます。実際の治療方針は、必ず主治医または専門医にご相談ください。
【最終更新日】2026年9月9日
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。