投稿日:2026.7.7/更新日:2026.10.7
この記事でわかること
遺伝子検査でKRAS変異が見つかったとき、これからの治療選択肢に不安を感じる方は少なくありません。かつては薬が効きにくいとされた領域ですが、分子標的薬の登場により状況は着実に変わりつつあります。2026年6月現在、既存の治療法を組み合わせる試みや、耐性の原因を解明する基礎研究が世界中で進んでいます。今月報告された最新の知見から、患者さんの治療選択に役立つ情報を整理してお伝えします。
KRAS G12C変異を持つ未治療の進行非小細胞肺がんに対し、新世代のKRAS阻害薬divarasibと抗PD-1抗体ペムブロリズマブの併用療法が高い効果を示しました。2026年米国臨床腫瘍学会で発表された第1b相臨床試験Krascendo-170の結果によるものです。
現在の標準的な1次治療では免疫チェックポイント阻害薬や化学療法が使われます。しかし全生存期間の中央値は約1.5年にとどまり、より高い治療効果が求められていました。既存のKRAS阻害薬ソトラシブは主に2次治療以降で用いられているため、初回から使える新薬が期待されています。
本試験では初回治療から併用することで、良好な腫瘍縮小効果が確認されました。今すぐ保険診療で受けられる段階ではありませんが、現在第3相試験が進行しています。
外来でも患者さんから「最初からKRASの薬を使えないのか」と質問されることがあります。将来の初回治療の選択肢を広げるデータとして、主治医や当グループにご相談ください。
カナダの創薬ベンチャーであるオンコリティックス社は、開発中の腫瘍溶解性ウイルスpelareorepと複数のRAS阻害薬を組み合わせた前臨床研究の成果を発表しました。膵管腺がんと大腸がんのモデルにおいて、単剤投与を上回る抗腫瘍効果が確認されています。
腫瘍溶解性ウイルスは、がん細胞を選択的に破壊しつつ、免疫系を活性化する新しい治療アプローチです。RAS変異を持つ腫瘍は免疫の攻撃を逃れる微小環境を作りやすい特徴があります。今回の併用は、KRAS阻害薬でシグナルを抑えつつ、ウイルス感染によって冷たい腫瘍を熱い腫瘍へ変える狙いがあります。
この研究は動物モデルを用いた基礎段階であり、ヒトへの投与による効果や安全性は今後の臨床試験で確認されます。膵がんや大腸がんは難治例が多く、既存薬単独では耐性が問題になりやすい領域です。
作用メカニズムが異なる薬剤の組み合わせは、将来の選択肢として期待が持てます。日々の通院や副作用管理を含め、最新の開発状況について主治医やお近くの専門医にお尋ねください。
金沢大学の研究グループは、ホルモン療法が効かなくなった難治性前立腺がんにおいて、周囲の間質細胞との相互作用がKRAS経路を活性化させている仕組みを突き止めました。泌尿器集学的治療学の溝上敦教授らによる研究成果です。
一般的に前立腺がんではKRAS遺伝子の直接的な変異はあまり多くありません。ところが腫瘍微小環境に存在する間質細胞からの刺激を受けると、遺伝子変異がなくても下流のシグナルが増幅することが分かりました。がん細胞単体だけでなく、周囲の細胞との関係性が病気の進行を後押ししていたのです。
この発見は実験室レベルの成果であり、直ちに新しい薬として患者さんに届くわけではありません。とはいえ、前立腺がんの耐性獲得に対してKRAS阻害薬などのシグナル遮断薬が応用できる可能性を拓きました。
遺伝子変異の有無にとどまらず、腫瘍組織全体を捉える個別化医療の重要性を示しています。治療抵抗性について疑問がある際は、主治医や当グループにお気軽にご相談ください。
米ファイザー社は、治療歴のある進行非小細胞肺がんを対象とした抗体薬物複合体sigvotatug vedotinの第3相試験において、標準治療のドセタキセルと比較して全生存期間の有意な延長を達成できなかったと発表しました。
この薬剤はインテグリンベータ6というタンパク質を標的とした抗体薬物複合体です。第2相試験までは良好な結果が示されていたため、実臨床への導入が期待されていました。しかし厳密な比較検証において、既存の抗がん剤を上回る生存期間を示すことはできませんでした。
臨床試験では期待された新薬が必ずしも成功するとは限りません。だからこそ、患者さん個々のがん組織が持つ遺伝子異常を正確に捉え、標的が確実に存在する集団を見極める必要があります。
当院でも患者さんから新薬治験への参加や適応について多くのご相談を受けます。期待外れの結果に落胆するだけでなく、正確なゲノム情報に基づいて次の手を冷静に探ることが大切です。治療方針に迷われたときは主治医や当グループにご相談ください。
当院の実例
手術不能の膵体部がんステージ4bに抗がん剤と免疫療法を併用し、膵臓がんの著明な縮小と腫瘍マーカーの改善を確認した62歳男性
抗がん剤(ジェムザール+TS-1)に続いて樹状細胞ワクチン療法と活性化リンパ球療法を併用。腹痛は消失し食事も取れるようになり、膵臓がんの著明な縮小と腫瘍マーカー(DUPAN2)の16,400から391への低下を確認しました。KRAS変異が大半を占める膵臓がんで、いま使える治療を重ねた一例です。
※個別の症例であり、治療効果には個人差があります。同じ結果をお約束するものではありません。
KRAS変異がんの診療現場では、単剤治療の限界を克服するための併用療法や、腫瘍微小環境に着目した基礎研究が急速に進展しています。
プレシジョンクリニックグループが創業以来最も取り組んでいるがん種の一つが、難治性のKRAS変異がんです。当グループでは網羅的なゲノム解析を活用し、患者さん一人ひとりの病態に合わせた個別化医療の実績を積み上げています。治験情報の整理からセカンドオピニオンまで対応していますので、今後の治療選択について主治医や当グループにお気軽にご相談ください。
G12C以外(G12D・G12Vなど)を標的にする薬は開発中で、pan-RAS阻害薬ダラクソンラシブが米国で膵臓がんに承認されました。日本では未承認です。当院では変異したKRASをネオアンチゲンとして狙う樹状細胞ワクチン療法を検討します。
がん細胞で増えるウイルスで免疫を起動し、RAS阻害薬と組み合わせて耐性を克服しようとする研究です。膵臓がん・大腸がんで検証中で、現時点では治験段階です。
耐性の仕組みに応じて併用薬を足す研究が進んでいます。当院では耐性後に免疫療法を重ねる設計や、遺伝子解析の再検査で次の一手を探します。
監修:矢﨑 雄一郎 医師
プレシジョンクリニック 東京院長/医療法人社団プレシジョンメディカルケア 理事長 | 専門分野:一般外科・消化器外科
がんゲノム情報に基づく個別化医療と免疫療法を専門とし、標準治療と組み合わせた治療設計に取り組んでいます。著書『免疫力をあなどるな!』。
【免責事項】本記事は2026年6月に公表された公的機関の発表・査読論文・主要医学メディアの報道に基づいて作成しています。一般的な医療情報の提供を目的としており、特定の患者様への診療を行うものではありません。記載した治療のなかには、国内の保険適用や大規模臨床試験で標準治療として確立されていないものも含まれます。実際の治療方針は、必ず主治医または専門医にご相談ください。
【最終更新日】2026年9月9日
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。