投稿日:2026.2.28/更新日:2026.2.28
肺がんの治療は、近年大きく進歩しています。その中心となっているのが「分子標的薬」です。分子標的薬とは、がん細胞の増殖に関わる特定のタンパク質や遺伝子を標的として働く薬のことで、従来の抗がん剤と比べて、正常な細胞への影響を抑えながらがん細胞を攻撃できるのが特徴です。
治療を始める前に、がん細胞の遺伝子検査を行い、どのような遺伝子変異があるかを調べます。遺伝子変異が見つかった患者さまには、その変異に合った分子標的薬を使うことで、高い治療効果が期待できます。このように、患者さま一人ひとりのがんの特性に合わせて最適な治療を選ぶ方法を「個別化医療」といいます。
現在、日本では肺がんの約35〜40%の患者さまに、分子標的薬を中心とした治療が行われています。特に日本人の肺腺がん患者さまでは、約半数にEGFR遺伝子変異が、約5%にALK融合遺伝子が見つかっており、これらの遺伝子変異に対応する分子標的薬が大きな効果を示しています。
本記事では、肺がん治療で使われる主な分子標的薬の種類や特徴、副作用について、詳しく解説します。
肺がんの治療では、がん細胞の増殖に関わる特定のタンパク質を標的とした分子標的薬が使われます。がん細胞の遺伝子検査を行い、遺伝子の変異や融合が確認された場合に、それぞれの変異に合わせた薬が選ばれる仕組みです。従来の抗がん剤と比べて、健康な細胞への影響が少ないとされています。ここでは主な分子標的薬について解説します。
HER2タンパク質は細胞の表面にあり、細胞の増殖に関わっています。日本人の肺がん患者さまの約3〜5%に、このHER2遺伝子の変異が見つかっています。抗HER2薬には、トラスツズマブデルクステカンやゾンゲルチニブがあります。これらの薬は、HER2遺伝子変異を持つ非小細胞肺がんに対して、他の治療が効かなくなった後の選択肢として使われます。半数の患者さまで10ヶ月以上効果が続いたという報告もあります。
※トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ/Enhertu):HER2変異陽性NSCLCに対して日本で承認済み。
※ゾンゲルチニブ(HERNEXEOS/zongertinib):日本で初の経口HER2標的薬として承認。HER2変異陽性既治療NSCLCの選択肢。
KRAS G12C変異は、日本人の非扁平上皮がんの約4.5%に見られる遺伝子変異です。この変異は長年、薬での治療が難しいとされてきましたが、KRAS G12C阻害薬であるソトラシブが2022年に承認され、治療の選択肢となりました。この薬は、他の治療が効かなくなった後に使用されます。治療を受けた患者さまの10人中3〜4人で、がんの病巣が明らかに小さくなり、半数の患者さまで11ヶ月以上効果が持続したケースもあるようです。
※ソトラシブ(ルマケラス/LUMAKRAS):日本で承認済みのKRAS G12C阻害薬。
※アダグラシブ(クラザチ/KRAZATI):海外で承認(米・EU)されたKRAS G12C阻害薬。日本では未承認のため、海外承認薬としての情報提供。
NTRK遺伝子が他の遺伝子と融合することで作られるTRK融合タンパク質は、さまざまながんの発生に関わっています。肺がんでは頻度は高くありませんが、この融合遺伝子が見つかった場合には、TRK阻害薬が効果を示すことがあります。日本ではエヌトレクチニブとラロトレクチニブが承認されており、がん種を問わず使用できるのが特徴です。治療を受けた患者さまの半数以上で病巣が小さくなり、効果が長く続く方も多いといわれています。
※エヌトレクチニブ(ロズリートレク/Rozlytrek):がん種横断で日本承認。
※ラロトレクチニブ(ビトラクビ/Vitrakvi):がん種横断で日本承認。
RET融合遺伝子は、非小細胞肺がんの約3%に存在するとされています。RET阻害薬であるセルペルカチニブが2021年に承認されました。RET融合遺伝子を持つ肺がんに対して、高い効果が期待できる治療選択肢となっています。
※セルペルカチニブ(レテヴモ/Retevmo):日本承認済み。
※プラルセチニブ(ガブレト/Gavreto):海外で承認実績があるRET阻害薬。国内導入状況は施設へ要確認の“海外承認薬”情報。
MET遺伝子エクソン14スキッピング変異は、肺がんの約2〜4%に見られる遺伝子変異です。この変異が見つかった場合には、MET阻害薬であるテポチニブやカプマチニブが使用されます。METキナーゼはがん細胞の増殖や生存に関わるタンパク質であり、MET阻害薬はその働きを妨げることでがん細胞の増殖を抑えます。肺がん診療ガイドラインでも、MET遺伝子変異の検査がおすすめされており、変異が確認された患者さまに対する重要な選択肢となっています。
※テポチニブ(テプメトコ/Tepmetko):日本承認済み。
※カプマチニブ(タブレクタ/Tabrecta):日本承認済み。
MEKは細胞内の情報伝達に関わるキナーゼの一つで、がん細胞の増殖シグナルを伝える役割を持っています。BRAF V600遺伝子変異を持つ肺がんに対しては、BRAF阻害薬とMEK阻害薬を組み合わせて使用することがあります。この組み合わせによって、がん細胞の増殖シグナルをより効果的に遮断できるとされています。MEK阻害薬として、ビニメチニブなどが使用されます。BRAF遺伝子変異は肺がん全体の約1%程度にみられます。
※ダブラフェニブ(タフィンラー/Tafinlar)+トラメチニブ(メキニスト/Mekinist):BRAF V600E陽性NSCLCに対して日本で承認済みの併用療法。
※エンコラフェニブ(ビラフトビ/Braftovi)+ビニメチニブ(メクトビ/Mektovi):NSCLCに対しては海外で承認(米FDA/EU)。“海外承認薬”として参考情報。
BRAF遺伝子変異は、肺がん全体の約1%に見られる遺伝子変異です。特にBRAF V600変異と呼ばれるタイプに対して、BRAF阻害薬が効果を示します。BRAFキナーゼはがん細胞の増殖に関わる情報伝達を行うタンパク質であり、この働きを妨げることでがんの増殖を抑えます。BRAF阻害薬は単独で使われることもありますが、MEK阻害薬と組み合わせて使用することで、より高い効果が期待できるとされています。
※(再掲)ダブラフェニブ(タフィンラー)+トラメチニブ(メキニスト):日本承認済み。
※エンコラフェニブ(ビラフトビ)+ビニメチニブ(メクトビ):NSCLCは海外承認。
ROS1融合遺伝子は、非小細胞肺がんの約1〜2%に存在すると報告されています。ROS1融合遺伝子が見つかった場合には、ROS1阻害薬が治療の選択肢となります。使用される薬剤は、クリゾチニブやエヌトレクチニブなどです。これらの薬はROS1融合タンパク質の働きを抑えることで、がん細胞の増殖を妨げる作用があります。ROS1融合遺伝子を持つ肺がんは頻度は高くありませんが、対応する阻害薬を使用することで高い治療効果が期待できるといわれています。
※クリゾチニブ(ザーコリ/Xalkori)
※エヌトレクチニブ(ロズリートレク/Rozlytrek)
※タレトレクチニブ(イブトロジー/taletrectinib):2025年に日本承認(ROS1陽性NSCLCの新規選択肢)。
※レポトレクチニブ(オーグタイロ/Augtyro):ROS1陽性NSCLCに対して海外承認。“海外承認薬”として参考情報。
ALK融合遺伝子は、日本人の肺腺がん患者さまの約5%に見られます。ALK融合タンパク質はがん細胞の増殖シグナルを常に発信し続けるため、ALK阻害薬でこの働きを止めることでがんの増殖を抑えることができます。アレクチニブやクリゾチニブなど、複数のALK阻害薬が承認されており、それぞれの薬に特徴があります。ALK融合遺伝子陽性の肺がんに対しては、従来の抗がん剤と比較して高い効果が示されており、肺がん治療における重要な選択肢のひとつとなっています。
※アレクチニブ(アレセンサ/Alecensa)、クリゾチニブ(ザーコリ/Xalkori)、ブリグチニブ(アルンブリグ/Alunbrig)、ロルラチニブ(ローブレナ/Lorbrena):いずれもALK陽性NSCLCでの承認薬(日本での使用可否は薬価収載状況に準ずる)。
EGFR遺伝子変異は、日本人の肺腺がん患者さまの約半数にみられる、頻度の高いドライバー遺伝子変異です。EGFR(上皮成長因子受容体)は細胞の増殖に関わるタンパク質で、この遺伝子に変異があると、がん細胞の増殖シグナルが止まらなくなります。EGFR阻害薬には、ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブ、オシメルチニブなど複数の薬があり、それぞれの特徴に応じて使い分けられます。EGFR遺伝子変異陽性の肺がんに対して、非常に高い効果が期待できる治療法です。
※ゲフィチニブ(イレッサ/Iressa)、エルロチニブ(タルセバ/Tarceva)、アファチニブ(ジオトリフ/Giotrif)、ダコミチニブ(ビジムプロ/Vizimpro)、オシメルチニブ(タグリッソ/Tagrisso)
補足:アミバンタマブ(ライブリバント/Rybrevant, amivantamab)は、EGFRエクソン20挿入変異に対する承認に加え、EGFRエクソン19欠失/L858Rの一次治療でラゼルチニブ(ラズクルーズ/lazertinib)との併用、ならびにEGFR-TKI後増悪例でカルボプラチン+ペメトレキセド併用も 承認されています。
分子標的薬の副作用は、従来の抗がん剤とは異なる特徴があります。また、個々の分子標的薬(同じクラス内でも薬剤ごと)で副作用の頻度や内容は異なるため、処方薬に合わせたモニタリングが重要です。主な副作用として、吐き気や嘔吐、下痢、口内炎、皮膚の発疹やかゆみ、倦怠感などが現れることがあります。また、薬の種類によっては、肝機能障害、高血圧、手足のしびれといった症状が出ることも。特に注意が必要な副作用として、間質性肺障害があり、息切れや空咳、発熱といった症状が現れる場合があります。副作用の種類や程度には個人差があり、軽い症状で済む方もいれば、治療の調整が必要になる方もいます。
当グループには、免疫療法の専門医師に加えてがん薬物療法専門医が4名在籍しており、分子標的薬のご相談から処方まで、ワンストップで対応しています。
とくに強みとしているのは、遺伝子パネル検査の結果解釈(病的意義の判定、治療標的・治験参加の可能性・コンパニオン診断の整理)、世界最新の論文・ガイドライン・学会発表の継続的リサーチと提案への迅速な対応、そして何よりも患者さまの価値観や費用面を踏まえた治療方針のご提案です。また、主治医の先生との関係を重視しており、医療連携においても豊富な実績がございます。
遺伝子や免疫の分野は難解な言葉が多いため、専門用語は”患者さまの言葉”に置き換えて、メリット・デメリット、費用や通院ペース、副作用対策まで、納得いただけるまで丁寧にご説明いたします。セカンドオピニオンやオンライン相談にも対応しております。
分子標的薬や免疫治療、それに関連する最新治療について、ご興味やご希望がございましたら、どうぞ気兼ねなくご相談ください。
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。