投稿日:2026.5.14/更新日:2026.5.14
CDK4/6阻害剤と内分泌療法の併用はHR+/HER2–転移性乳がん治療を大きく変えました。しかし獲得耐性が課題です。本論文は、PI3K/AKT/PTEN経路の異常活性化に着目し、AKT標的トリプレット療法が新たな治療戦略となる可能性を提示しています。
HR+/HER2–転移性乳がん(ホルモン受容体陽性・HER2陰性の転移性乳がん)の標準治療は、CDK4/6阻害剤と内分泌療法の併用により大きく進歩しました。これにより、多くの患者さんの生存期間が延長しています。しかし、残念ながら治療開始から一定期間が経過すると、多くの患者さんで薬剤への獲得耐性(治療薬が効かなくなること)が生じます。この獲得耐性後の最適な治療シーケンス(治療の順序)を確立することが、現在の大きな課題です。耐性メカニズムの一つとして、細胞の増殖や生存に関わるPI3K/AKT/PTENシグナル経路の異常活性化が、CDK4/6阻害剤の交差耐性(他の薬剤への耐性)に深く関与することが示唆されています。
本論文は、The Lancet Oncology誌に掲載されたComment(総説)であり、特定の臨床試験の新規結果を報告するものではありません。PI3K/AKT/PTENシグナル経路の異常活性化が、CDK4/6阻害剤耐性後の治療標的として非常に有望であると論じています。この経路は、細胞の増殖、生存、代謝を制御する中心的役割を担っており、その異常はがん細胞の増殖を促進します。この生物学的根拠に基づき、筆者らはAKT阻害剤を基盤とした「トリプレット療法(3種類の薬剤を組み合わせる治療)」の可能性に焦点を当てています。AKT阻害剤に、内分泌療法や他の分子標的薬を組み合わせることで、CDK4/6阻害剤耐性後のHR+/HER2–転移性乳がんに対して、より強力な抗腫瘍効果を目指せるとしています。
本論文で提案されているAKT標的トリプレット療法は、現時点では将来の研究段階の戦略であり、今すぐ臨床応用できる内容ではありません。しかし、CDK4/6阻害剤耐性後の治療選択肢が限られる現状において、新たな治療戦略の方向性を示唆する点で非常に重要です。PI3K/AKT/PTEN経路の異常は、一部の乳がん患者さんで高い頻度で認められるため、ゲノム解析によりこの異常を特定できれば、個別化された治療(プレシジョンメディシン・プレシジョンオンコロジー)を提供できる可能性を秘めています。今後の臨床試験で、AKT阻害剤を基盤としたトリプレット療法の有効性と安全性が検証され、その結果次第では、患者さんのQOL(生活の質)向上と予後改善に大きく貢献することが期待されます。
CDK4/6阻害剤耐性後のHR+/HER2–転移性乳がんにおいて、PI3K/AKT/PTEN経路の標的化は重要な治療戦略となり得ます。ゲノム解析を通じて患者さん個々の腫瘍におけるPI3K/AKT/PTEN経路の異常を特定することは、精密医療(プレシジョンメディシン)を推進する上で不可欠です。AKT阻害剤を基盤としたトリプレット療法は、単剤療法やデュアル療法(2種類の薬剤を組み合わせる治療)では達成し得ない、より深く持続的な奏効(がんが縮小すること)をもたらす可能性があります。将来的には、このような分子標的治療と免疫療法(がんに対する免疫力を高める治療)との組み合わせなど、さらなる複合戦略も検討されるでしょう。プレシジョンクリニックとして、私たちは患者さん一人ひとりの腫瘍特性に基づいた最適な治療選択肢を常に追求し、治療成績の向上に貢献していきます。
AKT-targeted triplet therapy in advanced breast cancer
The advent of CDK4/6 inhibitors combined with endocrine therapy has substantially transformed the treatment approach for patients with HR+/HER2– metastatic breast cancer;1 however, acquired resistance inevitably develops, making the optimal sequencing of subsequent targeted therapies a substantial challenge. Aberrant activation of the PI3K/AKT/PTEN signalling axis is frequently identified as a key contributor to CDK4/6 inhibitor cross-resistance, providing a robust biological rationale for therapeutic intervention. Clinical validation of this strategy has progressed rapidly, underscored by the recent approvals of the AKT inhibitor capivasertib (Nov 16, 2023) and the PI3Kα inhibitor, inavolisib (Oct 10, 2024).2–4 Consequently, rational combination therapies targeting this signalling network have become a pivotal clinical focus.
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。