投稿日:2022.10.14/更新日:2024.10.22
1:免疫システムを目覚めさせるアブスコパル効果という不思議な現象をご存知でしょうか?
アブスコパル効果が起こる患者は、一箇所の腫瘍を治療することにより、免疫システムが活性化されて他の腫瘍も反応するようになります。
放射線照射を受けることにより、免疫システムが脅威(異物)として検知する物質をがん細胞が放出し、全身の免疫反応が誘発される可能性があるのです。
照射された腫瘍は、ある種ワクチンとして働く可能性があるのです。
近年、新しい免疫療法薬が開発され、免疫システムのがんに対する作用への理解が深まったことにより、研究者の間でアブスコパル効果に対する関心が再び高まっています。
「アブスコパル効果」という言葉がPubMed科学出版物データベースで言及されたのが、10年前にはわずか4件でしたが、2019年には120件近くまで増えています。
2:放射線との歴史的なつながり
1953年にRH Moleという研究者が、放射線がマウスの片側の腫瘍を縮小させ、反対側の未治療の腫瘍をも退縮させたことを示し、アブスコパル効果を初めて示唆しました。
放射線以外の治療によっても起こるこの効果を説明するために、Mole医師は「標的から離れた」という意味でラテン語から派生した、“abscopal(アブスコパル)”と命名しました。
Mole医師の報告後、数十年もの間、放射線腫瘍医の多くは稀にしか発生しないアブスコパル効果の存在を疑っていました。「アブスコパル効果」は予期せず起こり、その効果が劇的であるため、放射線腫瘍学における伝説の一部となりました。
しかし、最近、医師や研究者は、この現象が現実のものであり、より確実に発生させられる可能性がある、という証拠がそろってきているといわれています。
アブスコパル反応は、黒色腫、乳がん、肺がん、肝臓がんなどのさまざまながんで確認されています。
3:免疫反応への障壁を乗り越える
がん細胞は、免疫システムによる検知および攻撃を妨害しようとするので、アブスコパル効果は稀にしか起こらないと考えられています。
免疫システムによる腫瘍の検知および攻撃を妨害する方法がいくつもあることを考慮すると、放射線照射のみによるアブスコパル効果の誘導は望めないと考えられています。
『免疫療法と放射線の併用によるブレイクスルー』
そこで、アブスコパル効果を誘導するために、放射線と免疫チェックポイント阻害薬を併用して、がんに対する免疫反応を高める、という方法が考えられています。
実際、放射線療法に免疫チェックポイント阻害剤を追加すると、放射線のみの治療と比較して、アブスコパル効果発現の可能性が高まるという臨床試験結果が増えています。
放射線療法が免疫システムにがん細胞を検知させる、そして免疫チェックポイント阻害剤は免疫反応を強める一助となるというわけです。
ただ、この併用療法は一部の患者のアブスコパル反応を高める可能性はあるのですが、この方法では依然として確実なアブスコパル効果の発現には至らない点が不完全なところです。
課題は、どの放射線療法、どの程度の線量が、免疫療法との併用によってアブスコパル反応を誘導する可能性が最も高くなるのかという、基礎研究や前臨床研究からのデータが、未だ不十分だという点です。
次回へ続く
プレシジョンクリニック名古屋院長
岡崎監修
【監修者】岡崎 能久
大阪大学医学部を卒業後、同大学院の修士課程を終了したのち、関西地方を中心に医療に従事、現在はプレシジョンクリニック名古屋院長として活躍中。専門は内視鏡診断および治療・研究開発。日本内科学会認定医や日本消化器病学会専門医、日本医師会認定産業医などの認定医を保有。
略歴:
2001/3
大阪大学医学部卒業
2001/6
大阪大学医学部附属病院内科研修医
2002/6
大阪厚生年金病院 内科 研修医