投稿日:2022.12.2/更新日:2026.3.19
近年、膵臓がん治療において「プレシジョンメディシン」というアプローチが注目されています。これは、患者一人ひとりの遺伝子情報を解析し、最適な治療法を選択するがんゲノム医療、個別化医療のことを指します。
従来の標準治療では難しかった膵臓がんに対しても、プレシジョンメディシンは希望を与える治療法となっています。
プレシジョンメディシンでは、患者の遺伝子変異を特定し、その変異に効果がある治療薬を選択します。従来の殺細胞性抗がん剤とは異なり、分子標的薬を使用することで、がん細胞だけを狙い撃ちし、副作用を抑えつつ治療効果を高めることが可能です。
分子標的薬は特定の遺伝子変異を標的にするため、正常な細胞へのダメージを最小限に抑えることができます。また、一般的な抗がん剤治療、いわゆる正常細胞にも比較的多く作用する殺細胞性抗がん剤で見られる吐き気、脱毛、免疫低下などの副作用が軽減されるため、患者様のQOL(生活の質)を向上させます。
がん細胞の特定の部分(分子)だけを選択的に攻撃するため、体への負担を減らしながら治療を続けることが可能です。分子標的薬は特定のシグナル伝達経路や遺伝子発現をブロックすることで、がん細胞の増殖や転移を防ぐ効果があります。これにより、治療の継続性や効果を長期間にわたって維持することが期待されます。
(メモ:分子標的薬の的となる遺伝子を調べられるのが遺伝子パネル検査)
プレシジョンメディシンの中心にあるのが「遺伝子パネル検査」です。この検査では、患者のがん細胞の遺伝子変異を調べ、どの分子標的薬が有効であるかを判断します。また、遺伝子パネル検査は血液や組織サンプルからがん関連遺伝子の異常(変異)を網羅的に解析できるため、治療戦略の精度を高めるうえで重要な役割を果たします。
患者の遺伝子情報をもとに、最適な治療薬を選択できます。また、がん細胞の特徴を詳細に把握することで、治療のカスタマイズが可能になります。
遺伝的リスクを把握し、予防策や早期発見に役立ちます。家族性のがんリスク評価にもつながり、家族全体での対策を講じることができます。
ただし、遺伝子パネル検査では異常(変異)が見つからないこともあるため、その点には注意が必要です。また、検査結果の解釈には専門知識が必要であり、適切なカウンセリングを受けることが重要です。
参考:https://www.sysmex.co.jp/patients/cancer_gene_panel/personality/#:~:text=%E8%A1%80%E7%B8%81%E8%80%85%E3%81%8C%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%A8%E5%90%8C%E3%81%98%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E3%81%AE%E5%A4%89%E5%8C%96%E3%82%92%E6%8C%81%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%8B%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%8B%E3%82%92%E7%A2%BA%E8%AA%8D%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E6%A4%9C%E6%9F%BB%EF%BC%88%E8%A1%80%E7%B8%81%E8%80%85%E6%A4%9C%E6%9F%BB%EF%BC%89%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82%0A%E8%A1%80%E7%B8%81%E8%80%85%E6%A4%9C%E6%9F%BB%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%86%E3%81%A8%E3%80%81%E3%81%8C%E3%82%93%E7%99%BA%E7%97%87%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%81%AB%E5%BF%9C%E3%81%98%E3%81%9F%E4%BA%88%E9%98%B2%E3%82%84%E6%97%A9%E6%9C%9F%E7%99%BA%E8%A6%8B%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%92%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
遺伝子パネル検査は、がんゲノム医療、個別化医療の基盤となる重要な検査ですが、すべての患者に有効な結果が得られるとは限りません。検査結果に異常(変異)が見つからない場合は、以下の点に注意する必要があります。
治療の選択肢が限られる可能性:遺伝子変異が特定されない場合、分子標的薬を使った治療が適用できない可能性があります。
あくまでも標準治療優先:日本においてはガイドラインに基づいた標準治療が基本になります。標準治療においても遺伝子異常(変異)に基づいた分子標的薬が増えていますが、従来の殺細胞性抗がん剤を用いた治療が中心となります。
追加検査の必要性:遺伝子異常が検出されなかった場合でも、時期を変えて再検査を行うことで、新たな変異が明らかになる場合があります。
専門医との相談:検査結果の解釈や治療方針については、腫瘍内科やがん薬物療法専門医と十分に相談し、最適なアプローチを決定することが重要です。
膵臓がんのプレシジョンメディシンは、遺伝子情報に基づく精密な治療法を提供し、完治を目指せる可能性を高めています。分子標的薬や遺伝子パネル検査の進歩により、治療の選択肢は今後さらに拡がっていくでしょう。患者一人ひとりに最適化された治療法が、膵臓がん克服への道を切り開く鍵となります。
~膵臓がんのプレシジョンメディシン~
1.遺伝子変異から見た膵臓がんの成り立ち
膵臓がんはいくつかの重要な遺伝子に変異が起こる段階を踏みながら発生する(多段階発がんモデル)といわれています。正常な膵管の上皮細胞は、KRAS、TP53、CDKN2、SMAD4などの遺伝子変異が積み上がり、一連の組織学的に定義された前駆体(パ二ンPanIN)を介して、浸潤がんへと進行するといわれています。 KRAS遺伝子の変異は、早い段階に起こり、中間段階ではCDKN2(P16)遺伝子が不活性化し、TP53、SMAD4(DPC4)の不活性化は比較的遅く起こるといわれています。がん抑制遺伝子であるSMAD4に変異がない患者さまは、変異のある患者さまより予後がよくなるとの報告もあります。
2.プレシジョンメディシン
膵臓がんには多様な遺伝子変異がみられます。そのうち、遺伝子変異の半数以上に有効な治療薬が存在することが明らかになっています。例えば、ARID1A/ARID2にはMTOR阻害剤、BRCA2にはPARP阻害剤などです。多くの膵臓がん患者には共通する4つの遺伝子変異(KRAS, TP53, CDKN2,SMAD4)がありますが、近年KRASをターゲットとする分子標的薬が開発されています。米国では、遺伝子パネル検査の報告書に記載されている分子標的薬(FDA承認)、あるいは未承認の適応外薬(オフラベル)を使用した治療、あるいはそれらの医薬品を使った治験に参加する患者がたくさんいます。当グループではオフラベルの使用に取り組んでいます。
膵臓がんでは、他のがんに発現している遺伝子変異(ALK、NTRK、ROS、RET、BRAF、FGFR、EGFR、BRCAなど)も多数発見されていることから、日本では膵臓がんに対して4剤の分子標的薬・免疫チェックポイント阻害剤が承認されています(BRCA:オラパリブ、NTRK:ラロトレクチニブ・エヌトレクチニブ、MSI-H/TMB-H:ペンブロリズマブ)。世界を見渡すと、膵臓がんにみられる、それら多数の遺伝子変異に対してさまざまな分子標的薬が試験されており、膵臓がんの患者さまに希望をあたえています。
3.標準抗がん剤 VS プレシジョンメディシン
膵臓がんのNPO法人パンキャンでは、2015年より膵臓がん患者さま1,000例以上を対象に、遺伝子変異にマッチした治療、すなわちプレシジョンメディシンを受けた患者群(OS=2.58年)、それに対して受けなかった患者群(OS=1.51年)または標準治療を受けた患者群(OS=1.32年)と比較して、予後が大幅に改善されていたことが明らかにしています。
プレシジョンメディシン群 VS 標準治療群では、HR=0.34と良好な成績を上げています(P-VALUE = 0.0000023, HR = 0.34 (0.22-0.53))。
米国NCCNガイドラインが早速改訂され、すべての膵臓がん患者さまに生殖細胞系遺伝子検査(Germline Test)が推奨されました。また、転移性膵臓がん患者には、診断時にがん遺伝子パネル検査(FoundationOneCDx、MSK-IMPACT)を受けることが推奨されました。しかし、日本では、標準治療を先に受けることがルールとされており、他の治療選択肢がなくなった患者さまの最後の砦という位置づけになっています。このように、日本のプレシジョンメディシンは容易に受けられず、治療を受けることができない、狭き門であり、膵臓がん患者の不利益につながっています(参照:膵癌ナショナルアドボカシーデー活動)引用元:PAN CAN
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。