2024.10.14
新型コロナウイルスのワクチンがmRNAをベースにしていたことは、記憶に新しいと思います。現在、mRNAを利用した新しい治療法の開発が、世界中で活発に進められています。
今回は、ガンではなく先天性の遺伝疾患に焦点を当てた事例をご紹介しますが、ガン治療にも応用可能な多くの知見を提供してくれる、非常に興味深い内容です。
体内で直接治療用タンパク質を生成する夢に向かって
mRNA技術を活用したin vivo(体内)での細胞調整、つまりRNA治療の開発は、着実に進んでいます。
『mRNA drug offers hope for treating a devastating childhood disease』
Nature 03 April 2024
この技術は、希少な遺伝性疾患の根本的な欠陥に対処するための初期段階の成功を収めており、COVID-19ワクチンで注目されたmRNA技術が、体内で治療用タンパク質を直接生成するという長年の夢を実現する可能性を示唆しています。
しかし、mRNAの短い寿命やそれに伴う副作用が、広範な利用に向けた課題となっています。
この治療法は、プロピオン酸血症という遺伝性の代謝疾患を抱える人々の代謝機能を回復させることを目指しています。
プロピオン酸血症は、世界で約10万人に1人の割合で発生し、タンパク質の分解に必要な酵素をコードする2つの遺伝子に変異があることで起こります。この酵素が欠けていると、体は一部の栄養素を適切に処理できず、有毒な物質が血液や組織に蓄積され、心臓や脳などの重要な臓器が損傷を受けます。この症状は通常、出生後数日以内に始まり、患者は特別な食事療法で管理することができますが、現在のところ根本的な治療法はありません。
mRNA-3927の取り組み
このmRNA治療薬「mRNA-3927」は、この問題に対処するために設計されました。欠陥のある酵素の一部を生成する2つのmRNA配列が含まれており、それぞれがリポソームナノ粒子と呼ばれる微小な脂肪の泡に包まれています。
治療は、2〜3週間ごとの点滴によって徐々に投与され、リポソームナノ粒子がmRNAを肝細胞に導入し、そこで酵素を生成します。
初期試験の結果
小規模試験の初期結果では、酵素活性の回復が確認されました。16人の参加者のうち、8人は治療開始前の1年間に代謝障害に関連する命に関わる危機を経験していましたが、治療後、これらの事態が発生するリスクは平均で70〜80%減少しました。
参加者数が少ないため、統計的な有意性は達成されていませんが、この結果は「非常に有望な一歩である」と医学遺伝学者は述べています。現在、さらなる試験参加者を募り、mRNA-3927の承認に向けた研究が続けられています。
課題と副作用
mRNA治療薬の開発者たちは、繰り返しの投与が免疫反応を引き起こす可能性を懸念していましたが、現段階では、患者が数か月または数年にわたってmRNAを定期的に点滴されても問題がないことが確認されています。
それにもかかわらず、多くの患者が副作用を報告しており、感染症から膵臓の重篤な腫れに至るまで、さまざまな症状が見られています。研究者たちは、多くの副作用が治療ではなく「基礎疾患に関連している」と指摘していますが、副作用のプロファイルが「許容限界の上限に近い」とも述べられており、さらなる改善が必要です。
mRNA技術が遺伝性疾患に対する長期的な解決策となるためには、今後も引き続き研究と改良が必要となるでしょう。
プレシジョンクリニックグループ
岡崎能久