2024.10.27
ケトン食療法(ケトジェニック・ダイエット)は、脂肪の割合を高くし、炭水化物の摂取を極力控えた食事法で、糖質制限食をさらに厳しくした療法です。これにより体内のエネルギー源が糖からケトン体(脂肪由来のエネルギー源)にシフトし、「ケトーシス」と呼ばれる代謝状態が起こります。この食事法は、特にがん治療においても注目されています。
ケトン食はもともと難治性小児てんかんの治療食として1920年代から欧米や日本で実施されてきた歴史があります。2010年には「コクランライブラリー」で小児てんかんの治療食として正式に採用され、2011年には英国立医療技術評価機構でもその効果が認められています。また、アメリカのアイオワ大学と米国国立衛生研究所(NIH)によって、ケトン食ががん治療に与える影響を研究するため、2011年8月に非小細胞肺がんのステージIV患者を対象にした臨床試験が開始されました。
国内では、第53回日本癌治療学会学術集会で「肺癌患者におけるケトン食の有用性と安全性についての検討」と題し、大阪大学大学院医学系研究科漢方医学寄附講座の萩原圭祐教授らによる発表が行われました。この研究では、2013年に肺腺がんのステージIV患者に対してケトン食療法を導入し、5つの症例が報告されました。結果として、2例においてがんの寛解が見られ、1例では胸膜播種があるものの長期間進行が停止し、他の2例は進行が見られたものの、ケトン食療法が一部の患者において一定の有効性を示すことが確認されました。
がん細胞は、通常の細胞よりも多くの糖(グルコース)を必要とし、グルコースをエネルギー源とする嫌気的解糖(ワールブルグ効果)を活発に行います。ケトン体を主要なエネルギー源とするケトーシスの状態では、体内のグルコースレベルが低下し、理論的にはがん細胞がエネルギーを得にくくなるため、がんの成長が抑制される可能性があると考えられています。
がん細胞の増殖抑制
いくつかの研究で、ケトン食療法が特定のがんの増殖を抑制する可能性が示唆されています。特に、脳腫瘍や一部の固形腫瘍において効果が期待されています。ただし、この効果はがんの種類や個人の代謝状態に依存するため、効果にばらつきがあります。
抗がん治療との併用
ケトン食療法は、放射線治療や化学療法との併用により、がん細胞が治療に対してより敏感になるとされ、治療効果を高める可能性があると考えられています。
インスリンと炎症の低減
ケトン食療法によりインスリンレベルが安定し、炎症が抑えられることが期待されます。インスリンの急上昇はがんの成長因子となる可能性があり、インスリン低減はがん治療の観点で有利です。また、慢性炎症もがんの進行を助長する要因であるため、炎症の低減は抗がんに有利です。
栄養不足
ケトン食では炭水化物摂取が非常に少なくなるため、ビタミンやミネラルが不足しやすくなります。そのため、医師や栄養士のサポートのもとで行うことが重要です。
長期的な影響の不明確さ
現在のところ、長期的なケトン食療法の影響については、がん患者に対する十分なデータがありません。個人差が大きいため、長期的に安全で効果が持続するかについては引き続き研究が必要です。
特定のがんへの適応
ケトン食が全てのがんに有効とは限らず、特にグルコースへの依存度が低いがんや、ケトン体を利用できるがんには効果が薄いと考えられます。
ケトン食療法はがん治療の補助として期待が持てるものの、すべてのがん患者に適しているわけではありません。研究結果から、動物だけでなく一部のヒトのがんにも一定の効果が期待できることがわかっていますが、患者のエネルギーバランスや免疫、治療耐性にどのように影響するかを理解し、適切な管理とモニタリングが求められます。