投稿日:2026.5.22/更新日:2026.9.21
この記事でわかること
固形がんの治療効果を上げるには、がん細胞そのものだけでなく、その周囲を取り囲む腫瘍微小環境(TME)を理解することが欠かせません。なかでも主要な構成要素であるがん関連線維芽細胞(CAF)は、腫瘍の増殖、薬剤耐性、免疫抑制に深く関わります。CAFが多い腫瘍は、標準治療や免疫療法への反応が乏しいことが報告されています。
この記事では、CAFを標的にすることで放射線療法や免疫療法の効果を高めようとする研究の現状を、査読論文をもとに整理します。
多くのがん治療は、がん細胞そのものを標的にします。しかし実際の腫瘍は、がん細胞だけでできているわけではありません。線維芽細胞、血管、免疫細胞などが入り混じった組織であり、その環境ががんの性質を左右します。
CAFは、この環境の中でがんの増殖を助け、薬が届きにくい線維の壁をつくり、免疫細胞の働きを抑える方向に働きます。CAFには多様なサブタイプがあり(不均一性)、そのことが長く詳細な理解を妨げてきました。近年は新しい解析技術によってサブタイプの分類が進み、CAFをどう層別化し、どう免疫に働きかけるかという研究が活発になっています。
いずれも、腫瘍微小環境を「免疫が働きやすい環境」へ転換させることを目指しています。
CAFそのものの数を減らし、がん細胞への悪影響を直接取り除く戦略です。特定のCAFサブタイプに特徴的な分子を標的とする薬剤や、CAFの生存に必要な経路を阻害する薬剤が開発されています。
CAFの性質そのものを変え、がんを助ける役割から、増殖を抑えたり免疫細胞を活性化したりする役割へ転換させる戦略です。CAFが性質を変えられること(可塑性)に着目し、特定のシグナル経路を操作して機能を教え直す試みが行われています。
CAFの表面に特異的に現れる分子を認識する抗体や、CAFの機能を調節するサイトカインを用いて、CAFに選択的に作用させる戦略です。CAFの働きを選択的に抑えたり、免疫細胞をCAFの近くへ誘導したりすることが期待されます。
放射性物質を、CAFに結合する抗体やペプチドに結びつける戦略で、診断と治療の両方で臨床試験が進んでいます。
これらは前臨床で相当の根拠が蓄積され、第1相を中心とした初期の臨床試験で有望な結果が報告されている段階です。
CAF標的療法の価値は、新しい薬が1つ増えることよりも、いま行われている治療が効きやすい状態をつくるという点にあります。放射線療法や免疫療法に十分反応しなかった方に、別の角度から手を打てる可能性があるということです。
また、CAFを標的とする放射性核種による画像診断は、腫瘍の環境を「見える化」する手段になり得ます。どの患者さまにどの治療が向いているかを、検査結果にもとづいて選ぶ精密医療の考え方とも重なります。
一方で、これはまだ標準治療ではありません。安全性と有効性は今後の大規模な臨床試験で確かめられる必要があり、現時点で当院を含め一般の診療で受けられるものではありません。
CAF標的療法そのものは提供していませんが、「がんの周りの環境を変えてから免疫を働かせる」という発想は、当院がすでに治療設計に取り入れているものです。
放射線や抗がん剤でがん細胞が壊れると、がんの目印(抗原)が放出されます。そのタイミングに合わせて樹状細胞ワクチン療法を行い、免疫にがんを学習させる。腫瘍微小環境の検査で免疫細胞の入り込み具合や線維化の程度を確認し、「壁を崩す治療」と「免疫を起こす治療」の順番を決める。当院の独自プロトコルSynerTri®は、この考え方を整理したものです。
当院の実例
手術を選ばず、放射線治療と樹状細胞ワクチン療法の局所投与で中咽頭がんが画像上消失し、10年間再発なく経過している症例
中咽頭がん(腺様嚢胞がん)と診断され、手術を選ばずに放射線治療を受けられました。当院では、その放射線治療に合わせて樹状細胞ワクチン療法を腫瘍へ局所投与しました。がんは画像上確認できなくなり、10年間再発なく経過しています。放射線でがん細胞が壊れて抗原が放出されるタイミングに免疫療法を重ねるという、この記事でご紹介した「環境を変えてから免疫を働かせる」考え方を、いま受けられる治療で実践した一例です。
※個別の症例であり、治療効果には個人差があります。同じ結果をお約束するものではありません。
がん関連線維芽細胞(CAF)は、がんの増殖・薬剤耐性・免疫抑制に関わる腫瘍微小環境の主要な構成要素です。CAFを標的とする治療は、除去・再プログラミング・抗体やサイトカイン・放射性核種という4つのアプローチで研究が進み、放射線療法や免疫療法の効果を高める可能性が示されています。ただし現時点では前臨床から初期臨床試験の段階であり、標準治療ではありません。
いま受けられる治療の中で同じ発想を生かすなら、放射線や抗がん剤でがんを壊したタイミングに免疫療法を重ねる設計になります。ご自身の治療にどう当てはまるかは、検査結果と治療歴をもとに個別にご説明します。
まだ受けられません。CAF標的療法は前臨床研究と第1相を中心とした初期の臨床試験の段階で、標準治療として確立したものはありません。一方で「がんの周りの環境を変えてから免疫を働かせる」という考え方自体は、いま受けられる治療にも応用できます。当院では放射線や抗がん剤で環境を動かしたうえで樹状細胞ワクチン療法を組み合わせる設計を行っています。
調べられます。当院では腫瘍の組織を免疫染色で評価し、免疫細胞がどの程度入り込んでいるか、線維化や免疫を抑える細胞がどれくらいあるかを確認します。この結果をもとに、「壁を崩す治療」と「免疫を起こす治療」の順番を決めます。詳しくはプレシジョンメディシンのページをご覧ください。
放射線でがん細胞が壊れると、がんの目印(抗原)が放出されます。そのタイミングで樹状細胞ワクチン療法を行うと、免疫にがんを覚えさせやすくなります。本記事のCAF標的療法も、放射線や免疫療法が効きやすい環境をつくるという同じ発想です。当院の放射線療法は連携施設で行い、免疫療法と時期を合わせて設計します。
Cancer-associated fibroblast-targeted therapy to enhance radiotherapy and immunotherapy(がん関連線維芽細胞を標的とする治療による放射線療法・免疫療法の増強)
Journal for ImmunoTherapy of Cancer(JITC)掲載の総説。
※本記事は上記総説の内容を、患者さま・ご家族向けにかみ砕いて解説したものです。紹介した治療はいずれも研究段階であり、当院で提供しているものではありません。治療効果には個人差があります。
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。