分子標的薬治療

大腸がんの治療方法および遺伝子変異を標的としたプレシジョンメディシン

がんは早期発見が非常に重要となる病気ですが、大腸がんは定期検査で早期に発見できるがんの一種です。
大腸の内壁から発生し、初期段階では症状がほとんどないことが多いものの、進行すると腹痛、体重減少、便通異常などを引き起こすことがあります。
治療方法は症状や患者様の状態により異なり、手術、化学療法、放射線療法、そして最新の個別化医療などの選択肢があります。

大腸がんの検査方法

大腸がんは早期に発見することが非常に重要です。
早期の大腸がんは治療が比較的容易であり、完治の可能性も高いため、定期的な検査が推奨されます。以下に、主要な大腸がんの検査方法をご紹介します。

検査方法 概要 利点
大腸内視鏡検査 大腸の内部を直接観察し、ポリープやがんを確認する検査 がんや前がん状態の発見に非常に有効
便潜血検査 便中に微量の血を検出する検査 スクリーニングに適している
大腸造影検査 造影剤を用いて大腸の流れをX線で観察する検査 大腸がんの場所や広がりを詳細に観察可能
大腸CT検査 CTスキャンを使用して大腸の詳細な画像を生成し、異常を検出する検査 内視鏡検査が困難な場合の良い代替手段

大腸がんのステージ別の症状

大腸がんの症状は、がんのステージによって異なります。
初期段階では症状がほぼ見られないことが一般的ですが、がんが進行するにつれて腹痛、便の異常、体重減少などが現れ始めます。
以下に、各ステージで一般的に観察される症状をご紹介します。

ステージ 内容 一般的な症状
ステージ0(初期がん) がんが大腸の内側の粘膜層で見つかる場合がある 特に症状はなく、偶然の検査で発見されることが多い
ステージI がんが粘膜下層または筋層に達しているが、大腸の外には広がっていない状態 軽い腹痛、不規則な便通、血便
ステージII がんが大腸の外に広がり始めている状態リンパ節には広がっていない 腹痛、血便、体重減少
ステージIII がんがリンパ節に広がっている状態 時に強い腹痛、体重減少、疲労感、便通異常
ステージIV がんが遠隔臓器(肝臓、肺など)に転移している状態 強い腹痛、体重の顕著な減少、全身の疲労感、他臓器の障害症状

大腸がんの主な治療方法

大腸がんにはさまざまな治療方法があり、患者様の状態やがんの進行度に応じて決定していきます。
選択肢には手術、化学療法、放射線療法、免疫療法などがあり、患者様に与える影響と治療結果が大きく異なります。
大腸がん治療をしない選択をする患者様もいれば、治療期間が長期にわたるケースもあります。
治療計画は、がんのステージ、患者様の健康状態、生活面を考慮して慎重に決定していきます。
ここでは、大腸がんの主な治療方法をご紹介します。

①薬物療法

大腸がんの薬物療法には主に殺細胞性抗がん剤治療と分子標的薬治療による方法があります。

殺細胞性抗がん剤治療

殺細胞性抗がん剤は、皆さんがイメージされる副作用が比較的強い薬剤であり、増殖する細胞をがん細胞を主として、正常細胞も含めて攻撃し、がんの成長を阻害します。
この治療は、がん細胞を体のあらゆる部分で殺すことが可能であり、手術前後の補助療法としても実施されます。
主な副作用には、疲労、吐き気、脱毛などがあるため、治療効果と副作用のバランスを取ることが重要です。

分子標的薬治療

分子標的薬治療は、がんの特定の遺伝子変異やタンパク質を標的とする薬剤を用いて大腸がん細胞の成長を阻害する治療法です。
正常な細胞への影響を最小限に抑えつつ、がん細胞に対して高い効果が期待できます。

②外科治療

大腸がんの外科治療は、がんを物理的に除去する方法で、開腹手術やロボット支援手術、腹腔鏡手術が含まれます。

開腹手術

開腹手術は大腸がんの治療の中でも一般的な方法の一つで、腹部を直接切開して大腸のがんを含む部分を取り除きます。
大きな腫瘍や深く侵入しているがんに対して適しており、周囲のリンパ節も同時に摘出することが可能です。
手術後の回復期間は比較的長く、全身麻酔が必要ですが、がんを物理的に除去することで高い治癒率を目指せます。

腹腔鏡手術

腹腔鏡手術はお腹に小さな穴(切開)をあけて筒(ポート)で固定し、お腹をCO2ガス(炭酸ガス)で膨らませた上で、お腹の中を映し出す内視鏡と、手術のためのハサミや鉗子(かんし)をポートから挿入して、画面を見ながらがんの組織を切除する方法です。
最後に切除した臓器を小穴より摘出し終了します。

ロボット支援手術

ロボット支援手術は、最新の技術を駆使した、精密な操作が可能な手術方法です。
小さな切開口を利用し、ロボットのアームを使って外科医の動きを精密に再現します。
主な利点は、感染リスクの低減や回復時間の短縮です。
ロボット支援手術は、特に解剖学的に複雑な位置にあるがんや、身体的負担を最小限に抑えたい場合に適用されます。

③内視鏡治療

内視鏡治療は、早期の大腸がんやポリープを除去するための方法です。
内視鏡を使用して直接大腸内部を観察し、特殊な器具でがんやポリープを切除します。
この治療法の主な利点は、全身麻酔が不要、入院の必要がないこと、そして手術後の回復が迅速である点です。
主に初期段階のがんや小さながんに適用され、患者様の生活面に影響が少ないとされています。
小規模であれば日帰り手術が可能です。
内視鏡治療の主な利点は、開腹する必要がなく、回復が早いことに加えて、痛みや合併症のリスクが低いことです。

④放射線治療

放射線治療は、高エネルギー放射線を用いて大腸がん細胞を破壊する方法です。
手術が困難な場合や、がんを縮小させて手術を容易にする補助的な手段として用いられます。
放射線は正確にがん細胞をターゲットにすることができるため、周囲の健康な組織への影響を最小限に抑えることが可能です。
副作用は、疲労感や局部的な皮膚の炎症が挙げられますが、これらは治療後に徐々に改善していくことがほとんどです。

⑤免疫療法

免疫療法は、身体の免疫システムを活用してがん細胞を攻撃する治療方法です。
この治療は遺伝子変異を多く持つ患者様に有効で、PD-1(オプジーボ、キイトルーダ)、PD-L1(テセントリク、イミフィンジ)、CTLA-4(ヤーボイ、イジュド)といった免疫チェックポイント阻害薬を用いることが一般的です。
免疫療法は、がん細胞が体の免疫から逃れるのを防ぐことで、改めてがんに対する免疫応答を強化し、がん細胞を破壊します。
治療効果は患者様の免疫状態やがんの種類によって異なりますが、殺細胞性抗がん剤や分子標的薬といった薬物療法は異なり、長期的に効果をもたらす可能性があります。
その他、がんと戦う免疫細胞自体を強化する治療法も注目されている免疫療法の一つになります。

→免疫療法に関する記事はこちら(大腸がん 免疫療法の記事リンクを貼る)

⑦支持療法

支持療法は、大腸がん患者様の症状を管理し、治療中および治療後の生活の質を向上させることを目的とした治療です。
痛みの管理や栄養療法、心理的サポートが含まれます。
支持療法は、他の主要な治療法と併用されることが多く、患者様の体力の維持や副作用の軽減、精神的な健康のサポートなど幅広く行われます。
適切な支持療法により、患者様の全体的な治療結果を大きく改善することが期待されます。

大腸がんの再発治療について

大腸がんの再発治療では、主に薬物療法が選択されます。
術後の腫瘍マーカーの上昇や画像診断で再発が確認された場合に、迅速に対応することが可能で、手術や放射線療法と組み合わせることで、治療の効果を高めることもできます。
薬物療法は、がん細胞を全身的に攻撃することで、見落とされがちな微小ながん細胞まで対処することが期待されます。
外科治療は見える部分は直接取ることができるといったメリット、放射線療法は、特定の部位を対象として再発がんを破壊し、再発のリスクを減少させます。

患者ごとの遺伝子変異に基づいたがんゲノム医療・個別化医療の進展

近年、がんゲノム医療の進展により、大腸がん治療が大きく変化しています。
遺伝子変異の詳細な分析が可能となり、それぞれの患者様に最適な治療方法を特定することができるようになってきました。
大腸がんにおいては、特定の遺伝子変異がある場合、一般的な治療法が効果を示さないケースがあります。
このため、がんゲノム医療・個別化医療が重要視されており、例えば特定のKRAS遺伝子の変異がある大腸がん患者には広く使われている治療法ではなく、分子標的薬治療が今後推奨されるようになるなど、遺伝子変異に基づいた治療方法の選定が行われるようになっていくでしょう。

主要な遺伝子変異の種類と影響

大腸がんにおける主な遺伝子変異にはKRAS、NRAS、BRAF、TP53、APC、配列異常としてMSIがあります。
KRASは約50%弱の大腸がん患者様に見られます。
また、NRASは5%弱、BRAF変異は約8%程度に見られ、変異のパターンによって特定の分子標的薬の適用が考えられます。
またMSIがHighの状態は、免疫チェックポイント阻害薬に対して高い反応性を示します。
そして、どの変異も存在しない場合、標準的な化学療法が選ばれます。

がんゲノム医療・個別化医療・精密医療(プレシジョンメディシン)の時代へ

がん治療はがんゲノム医療・個別化医療・精密医療(プレシジョンメディシン)の時代へと向かっています。
これらは同義語であり、遺伝子という設計図(ゲノム)をもとに計画された患者様(個別化)に合った精度(精密)の高いがん医療を意味します。
進行・再発大腸がんの治療においても、プレシジョンメディシンが注目されています。
患者様の遺伝子プロファイリングを行い、特定の遺伝子変異を標的とする分子標的薬を使用します。
例えば、KRAS遺伝子の変異がない患者にはEGFR阻害薬が効果的であるとされ、治療計画に大きく影響を与えます。
また、BRAF遺伝子変異がある場合には、その変異を標的とした新しい治療薬が提案されることもあります。
これにより、一人ひとりの患者様に最も合った治療方法を提案することが可能となり、進行・再発大腸がん治療の効果を大きく向上させることが期待されています。
個別化された治療計画は、進行・再発のリスクを減少させ、患者様の生存率及び生活の質を改善する重要な戦略です。

大腸がんのKRAS遺伝子変異に対するがん治療「プレシジョンメディシン」の可能性

RAS変異陽性の転移性大腸がんに対するサードライン(およびそれ以降)の治療オプションは効果が限定的であることが知られています。
『KRAS-G12C阻害剤sotorasibと表皮増殖因子受容体(EGFR)阻害剤であるpanitumumabの組み合わせは、治療誘発性の抵抗を克服するか?』
この仮説検証を目的とした臨床治験についてご紹介します。
プレシジョンクリニックグループでは、遺伝子パネル検査(リキッドバイオプシー)を行い、変異遺伝子を特定し、変異を標的とした適切な治療をご提案させて頂いています。
将来的には、このような二重変異をターゲットとした治療が標準となる可能性があります。
治療効果をより高めるための、個々の患者様に合った分子標的薬の選定です。

本研究は、CodeBreaK 101マスタープロトコル第1bサブスタディで、化学療法に対する耐性があるKRAS-G12C変異陽性の転移性大腸がん患者におけるsotorasibとpanitumumabの評価を行いました。
投与量探索コホートおよび投与量拡大コホートの結果を報告します。患者はsotorasib(960 mg、1日1回)とpanitumumab(6 mg/kg、2週ごと)を受けました。
主な評価指標は治療の安全性と耐容性で、二次指標には治療の有効性や薬物の動態が含まれています。
ベースラインでの探索的バイオマーカーも評価されました。
48人の患者様(投与量探索コホート:n = 8、投与量拡大コホート:n = 40)が参加し、治療関連の有害事象は45人(94%)の患者様に見られ、重度の事象(グレード≥3)は13人(27%)の患者様に発生しました。

投与量拡大コホートでの客観的奏効率は30%(95%信頼区間:16.6%~46.5%)、無増悪生存期間の中央値は5.7ヶ月(95%信頼区間:4.2ヶ月~7.7ヶ月)、全生存期間の中央値は15.2ヶ月(95%信頼区間:12.5ヶ月、推定不可能)でした。
主な遺伝子変異はAPC(84%)、TP53(74%)、SMAD4(33%)、PIK3CA(28%)、EGFR(26%)でした。

(結論)
Sotorasib–panitumumabは、化学療法耐性があるKRAS-G12C変異陽性の転移性大腸がんにおいて、許容範囲の安全性と有効性を示しました。NCT04185883。

『Sotorasib with panitumumab in chemotherapy-refractory KRASG12C-mutated colorectal cancer: a phase 1b trial』
Nature Medicine  04 January 2024

【監修者】岡崎 能久

大阪大学医学部を卒業後、同大学院の修士課程を終了したのち、関西地方を中心に医療に従事、現在はプレシジョンクリニック名古屋院長として活躍中。専門は内視鏡診断および治療・研究開発。日本内科学会認定医や日本消化器病学会専門医、日本医師会認定産業医などの認定医を保有。

略歴:

2001/3

大阪大学医学部卒業

2001/6

大阪大学医学部附属病院内科研修医

2002/6

大阪厚生年金病院 内科 研修医

2003/5

国立循環器病センター内科レジデント

2004/5

大阪大学内科大学院生・研究生

2005/4

大阪大学大学院 外科系臨床医学(修士課程) 入学

2009/3

大阪大学大学院 外科系臨床医学(修士課程) 終了

2010/3

社会医療法人若弘会若草第一病院消化器内科

2011/4

川崎病院消化器内科)

2012/4

愛染橋病院消化器内科

2014/4

近畿大学医学部附属病院(大阪府内)消化器内科

2016/4

近畿大学医学部附属病院(奈良県)消化器内科

2018/1

大阪府立羽曳野医療センター消化器内科

2022/4

医療法人社団プレシジョンメディカルケア プレシジョンクリニック名古屋院長

専門分野:
内視鏡診断/治療・研究開発

認定医・資格等:
日本内科学会認定医
日本消化器病学会専門医
日本医師会認定産業医