投稿日:2026.4.17/更新日:2026.5.24
本研究は、固形がんの微小環境に特徴的な代謝物を感知し活性化するよう設計されたNK細胞およびT細胞です。これにより、難治性固形がんに対する新たな細胞免疫療法の可能性が示されました。
CAR-T細胞療法(患者さん自身のT細胞を遺伝子改変し、がん細胞を特異的に認識する受容体を発現させて戻す免疫細胞療法)は血液がんに対し目覚ましい効果を示しています。しかし、固形がんではその効果が限定的であるという課題があります。 固形がんの克服が難しい要因の一つは、その複雑な腫瘍微小環境(TME:がん細胞の周囲に存在する細胞や血管、間質成分、代謝物などが複雑に絡み合った環境)にあります。TMEは低酸素や低pH、高乳酸などの代謝異常を特徴としています。 これらの代謝物は、免疫細胞の機能を抑制する一方で、がん細胞の増殖を促進することが知られています。従来の免疫細胞療法は、特定の腫瘍抗原(がん細胞の表面にある目印)を標的としますが、がん細胞は抗原発現を失うことで免疫から逃れることがあります。
本研究チームは、固形がんの微小環境に豊富に存在する特定の代謝物を特異的に感知し、その存在下で活性化するよう遺伝子改変されたナチュラルキラー(NK)細胞およびT細胞を開発しました。これらの細胞を「代謝物感知型免疫細胞」と呼んでいます。 具体的には、特定の代謝物に応答して、細胞傷害性サイトカイン(免疫細胞間の情報伝達を担うタンパク質で、免疫応答を調節します)の産生や細胞傷害活性(がん細胞などを直接破壊する能力)を誘導する合成シグナル伝達経路を、これらの免疫細胞に導入しました。 in vitro(試験管内や培養皿内など、生体外で行われる実験)実験では、代謝物感知型免疫細胞は、特定の代謝物が豊富な環境下で、がん細胞に対して優れた傷害活性を示しました。 さらに、マウス固形がんモデルを用いたin vivo(生体内、特に動物モデルなどで行われる実験)実験では、これらの改変細胞を投与することで、腫瘍の増殖を有意に抑制し、生存期間を延長する効果が確認されました。改変細胞は、腫瘍組織内に効率的に浸潤し、代謝物に応答して局所で活性化することが示唆されています。
この研究は、固形がんに対する新たな細胞免疫療法戦略の道を拓くものです。これまでの抗原標的型アプローチとは異なり、腫瘍微小環境の代謝異常を直接治療標的とするため、抗原多様性による免疫逃避(がん細胞が免疫システムによる攻撃から逃れるメカニズム)のリスクを低減できる可能性があります。 特に、CAR-T細胞療法が効果を示しにくい膵がんや一部の肺がんなど、難治性固形がん種において、有望な選択肢となることが期待されます。 現時点では基礎研究段階であり、臨床応用にはさらなる安全性と有効性の検証が必要です。ヒトでの臨床試験に向けた研究開発が今後進められると予想されます。
本研究は、がんの代謝特性を逆手にとり、免疫細胞を「賢く」再設計する精密医療の進歩を示しています。ゲノム解析(生物の全遺伝情報(ゲノム)を網羅的に解析すること)によって明らかになる個別のがんの代謝プロファイルを理解し、それに応じた代謝物感知型免疫細胞を設計する「個別化免疫細胞療法」の実現に繋がるでしょう。 既存の免疫チェックポイント阻害剤(免疫細胞のブレーキを外し、がん細胞への攻撃力を高める薬剤)などと組み合わせることで、より強力な抗腫瘍効果を発揮する可能性も考えられます。プレシジョンクリニックとして、私たちはこのような革新的なアプローチが、難治性固形がん治療のブレイクスルーとなることを期待し、今後の研究の進展を注視してまいります。
Engineering metabolite-sensing NK and T cells to target solid tumors
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。