この症例のポイント
乳がんのステージは、しこりの大きさと広がり方(T)、リンパ節への転移(N)、他の臓器への転移(M)の3つで決まります。このうちT4は、がんが乳房の外へ出て胸壁や皮膚に及んでいる状態を指します。ステージⅢBは、このT4でありながら、肺や肝臓、骨などへの遠隔転移は認められない段階です。
ステージⅢはまとめて局所進行乳がんと呼ばれます。「乳房のまわりではかなり進んでいるが、まだ全身には散らばっていない」段階で、だからこそ治療の目標は根治に置かれます。ステージⅣ(遠隔転移あり)とは、治療の考え方が大きく異なります。
数字で見ると、日本の集計ではステージⅢの乳がんの5年相対生存率は80.7%、10年相対生存率は68.6%と報告されています(国立がん研究センター/全国がんセンター協議会、5年は2013〜14年診断例、10年は2009年診断例)。これはステージⅢ全体をまとめた数字で、ⅢBやトリプルネガティブではこれより厳しくなる傾向があります。また、ここ10年で治療は大きく変わっており、過去の統計がそのまま今の見通しを示すわけでもありません。
皮膚への浸潤は、しこりが皮膚の潰瘍をつくる、乳房の皮膚にぽつぽつとした結節が現れる、皮膚がむくんでみかんの皮のように見える(peau d’orange)といった形で現れます。本症例で最初のサインとなった皮膚の発赤も、こうした変化のひとつです。一方で、えくぼのようなくぼみや乳頭の陥没だけでは、T4には分類されません。
皮膚に及んでいる場合、治療上は主に2つの点が変わります。
ひとつは手術の順番です。皮膚や胸壁に固定されたまま手術をしても取りきれない可能性があるため、先に薬物療法で腫瘍を小さくしてから手術に進みます。もうひとつは術後の放射線治療です。皮膚という「取りきったつもりでも境界が見えにくい場所」にがんが及んでいた以上、乳房を全摘したあとも胸壁に放射線を照射して、残っているかもしれないがん細胞を抑えることが標準的に行われます。
トリプルネガティブ乳がんとは、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、HER2タンパクの3つがいずれも陰性の乳がんです。この3つは、それぞれホルモン療法と抗HER2薬という「効く薬がはっきりしている入口」にあたります。3つとも陰性ということは、その入口が使えないことを意味し、薬物療法の中心は抗がん剤になります。
もうひとつの特徴が、再発の起こり方です。1,601人の乳がん患者さんを追跡した研究(Dent R ほか, Clinical Cancer Research 2007)では、トリプルネガティブ乳がんの遠隔再発の危険性は診断からおよそ3年でピークを迎え、その後は急速に低下すること、そして診断から5年を過ぎると他のタイプとの差が目立たなくなることが報告されています。他のタイプの乳がんでは、再発の危険性が追跡期間を通じてほぼ一定だったのとは対照的です。
これは、最初の数年をどう乗り切るかが特に重いということであり、同時にその時期を越えて積み重ねた年月には意味があるということでもあります。術後5年、そして10年という節目が語られるのは、このためです。ただし危険性がゼロになるわけではないため、節目を過ぎたあとも定期的な検査は続けます。
局所進行乳がんの標準的な流れは、術前薬物療法 → 手術 → 術後の放射線治療です。日本乳癌学会の患者さん向けガイドラインでも、まず手術を可能にするために薬物療法を先行し、しこりや腫れていたリンパ節が縮小して手術が可能になった場合に、手術や放射線療法などの局所治療を追加すると説明されています。
術前化学療法には、アンスラサイクリン系(本症例のFECなど)とタキサン系(ドセタキセル、パクリタキセルなど)を順に使う組み立てが用いられてきました。手術で切除した組織を調べ、がん細胞が残っていなかった場合(病理学的完全奏効)は、その後の経過が良好であることが知られています。
なお現在は、ステージⅡ〜Ⅲのトリプルネガティブ乳がんに対して、術前化学療法に免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブを上乗せし、術後も一定期間続ける治療が選択肢に加わっています(日本では2022年9月に適応が拡大されました)。本症例が治療を受けた当時、この選択肢はまだありませんでした。いま同じ病状で治療を始める方には、まず主治医とこの標準治療について相談されることをおすすめします。
ステージⅢの治療がひととおり終わったあと、多くの方が同じ問いにぶつかります。「やることがなくなったが、再発が怖い」という時期です。トリプルネガティブ乳がんでは、この時期がちょうど再発の起こりやすい数年と重なります。
当グループでは、標準治療を土台としつつ、プラスアルファで免疫の働きで後押しする設計を検討します。患者さまの状況に応じて複合的に免疫を改善させる独自のプロトコルSynerTri®(シナトリ/学術名 iCCI)で、個別に免疫治療を設計します。
柱のひとつが樹状細胞ワクチン療法です。抗がん剤や放射線でがん細胞が壊れると、がんの目印(抗原)が放出されます。樹状細胞ワクチン療法は、患者さまご自身の樹状細胞を体外で培養してこの目印を覚えさせ、体内に戻すことで、キラーT細胞にがんを攻撃させることを目指す治療です。そのため、標準治療と置き換えるのではなく、標準治療と組み合わせて設計します。
| SynerTri®の役割 | 本症例での対応 |
|---|---|
| 標準治療(土台) | 術前化学療法(FEC→ドセタキセル)、右乳房全摘+腋窩リンパ節郭清、胸壁への放射線照射 |
| アクセル(免疫活性化) | 樹状細胞ワクチン療法を併用し、がん特異的な免疫の誘導をねらう |
樹状細胞ワクチン療法は自費診療(保険適用外)です。効果には個人差があり、再発しないことをお約束するものではありません。
Case Report ─ 当院の乳がん改善症例
重要症例
ここまで、ステージⅢBという段階と皮膚浸潤の意味、そしてトリプルネガティブ乳がんの再発の起こり方をご説明しました。再発の危険性が高いとされる最初の数年を越え、術後10年を再発なく迎えられた患者さまの経過をご紹介します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 診断名 | 乳がん(トリプルネガティブ) |
| ステージ | ステージⅢB(広範囲の皮膚浸潤あり/遠隔転移なし) |
| 年齢・性別 | 54歳 女性 |
| 発見の契機 | 右乳房のしこり・皮膚の発赤 |
| 標準治療 | 術前化学療法(FEC→ドセタキセル)、右乳房全摘+腋窩リンパ節郭清、胸壁への放射線照射 |
| 当院での治療 | 樹状細胞ワクチン療法 |
| 経過 | 術後10年間 再発なし(主治医の定期フォローは終了し、近医での経過観察に移行) |
| 治療期間・回数 | 樹状細胞ワクチン療法は、1セット(7回)を1つのクール(治療単位)として実施します。本症例では手術前に開始し、最初のクールを終えたあとも半年〜1年ごとに継続されています。 |
| 治療費 | 当院の治療はすべて自費診療(保険適用外)です。最新の金額は料金表をご確認ください。 |
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 20XX年 | 右乳房のしこりと皮膚の発赤に気づいて受診。精密検査の結果、乳がん(トリプルネガティブ)・ステージⅢBと診断。PET-CTでは遠隔転移は認められなかった。 |
| 診断後 | 腫瘍を小さくしてから手術を行う方針となり、術前化学療法(FEC→ドセタキセル)を実施。 |
| 手術前 | 成分採血(アフェレーシス)を行い、当院で樹状細胞ワクチン療法を開始。 |
| 手術 | 右乳房全摘+腋窩リンパ節郭清を施行。 |
| 術後 | 広範囲に皮膚浸潤があったため、胸壁への放射線照射を実施。 |
| 以後 | 半年〜1年ごとに樹状細胞ワクチン療法を継続。 |
| 術後10年(現在) | 再発なく経過。主治医の定期フォローは終了し、現在は近医での超音波検査・血液検査で経過をみている。お元気に過ごされている。 |

本症例は、皮膚に広く浸潤した局所進行乳がんであり、しかもホルモン療法も抗HER2薬も使えないトリプルネガティブでした。再発の危険性が高い時期を、抗がん剤という一本の柱だけで越えていくことになります。
そこで標準治療は一つも省かず、術前化学療法・乳房全摘+腋窩リンパ節郭清・胸壁照射をすべて実施したうえで、免疫を活性化する〈アクセル〉として樹状細胞ワクチン療法を組み合わせました。ポイントは開始の時期です。抗がん剤や手術は免疫の細胞にも負担をかけるため、手術の前の段階で成分採血(アフェレーシス)を行い、細胞を確保してから治療に入りました。
その後は半年〜1年ごとに樹状細胞ワクチン療法を継続し、術後10年間、再発なく経過されています。主治医の定期フォローは終了し、現在は近医での超音波検査と血液検査で経過をみておられます。単独の症例であり、この経過が樹状細胞ワクチン療法によってもたらされたと証明するものではありません。ただ、再発の山を越える時期に打てる手を重ねておく、という考え方の一例と捉えています。
樹状細胞ワクチン療法の副作用は基本的にほとんど認められませんが、以下の可能性があります。
また、術前化学療法(FEC→ドセタキセル)では脱毛、吐き気、骨髄抑制、末梢神経障害、心機能への影響などが、胸壁への放射線照射では皮膚炎、色素沈着、まれに放射線肺臓炎などがみられることがあります。腋窩リンパ節郭清のあとには、腕のむくみ(リンパ浮腫)が起こることがあります。
治療効果には個人差があります。同様の効果を保証するものではありません。

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