投稿日:2026.6.3/更新日:2026.9.21
この記事でわかること
がん免疫療法の話は、長いあいだ「T細胞をどう増やすか」を中心に進んできました。今回ご紹介する報告は、そこに別の視点を加えます。免疫細胞が腫瘍の中に「拠点」をつくれるかどうかです。
結論から申し上げます。肝細胞がんでは、腫瘍の中に免疫の拠点がある方のほうが再発が少なく、その拠点が成熟しているほど経過が良好でした。そして拠点の主役はT細胞ではなく、B細胞でした。
リンパ節は、免疫細胞が集まって情報をやりとりし、攻撃の準備を整える場所です。TLS(三次リンパ組織)は、本来リンパ節がない場所に、炎症などをきっかけで後からできる同じような構造を指します。腫瘍の中にTLSができると、そこでB細胞・T細胞・樹状細胞が集まり、免疫の応答が現地で組み立てられます。
「免疫細胞が腫瘍に入り込んでいるか」だけでなく、入り込んだ細胞が腰を据えて働ける場所があるかを見ている、と言い換えられます。
研究チームは肝細胞がん339例を、全エクソーム解析・バルクRNA解析・単一細胞RNA解析で調べました(Zeng Q ほか, Cancer Immunology Research 2026)。
| 調べたこと | 結果 |
|---|---|
| 腫瘍内TLSの有無 | TLSがある方は無再発生存期間が有意に長い(P=0.00013) |
| TLSの成熟度 | 成熟しているほど予後が良好(P=0.00033) |
| B細胞関連7遺伝子の指標 | TLSの有無を予測(AUC 0.78)。既存の指標より良好で、空間解析でも裏づけ |
| TLSがある腫瘍の性質 | 免疫学的に活発で、免疫療法が効く方の特徴と強く関連 |
TLSがある腫瘍で中心的に働いていたのは、IgGを作る形質細胞でした。同じ相手を狙う細胞が増え(クローン増殖)、抗体の設計図に細かな変異が入って精度が上がり(体細胞高頻度変異)、結果として質の高い抗体が作られていました。
これは、リンパ節で起きていることが腫瘍の中で起きている、ということです。免疫が現地に出張所を構えて、その場で相手に合わせた武器を作っている、という表現が近いかもしれません。
研究チームは、TLSがある肝細胞がんで多く出ているタンパク質としてHAPLN3を見つけました。HAPLN3が多い方では血清の抗体価が高く(P=0.0032)、空間解析と動物実験でも、HAPLN3がB細胞の活性化を促して腫瘍の増殖を抑えることが確認されました。マウスの同所移植モデルにHAPLN3タンパクを投与すると、免疫を刺激し腫瘍を抑える働きがみられています。
樹状細胞ワクチン療法は、樹状細胞にがんの目印を覚えさせ、キラーT細胞を教育する治療です。攻撃役を作って送り出す組み立てだと言えます。
今回の報告が示しているのは、その先の問題です。送り出した免疫が腫瘍の中で働き続けられる環境があるか。当グループが腫瘍微小環境(TME)の検査を行い、プレシジョンメディシンの考え方で治療を設計しているのは、この「下地」を見てから組み立てるためです。ただし現在の検査項目はCD8陽性T細胞や免疫を抑える細胞が中心で、TLSそのものの評価は含んでいません。
HAPLN3はマウスの段階です。ヒトの治療として使える薬ではありません。
TLSがあることと再発が少ないことの関連は、因果を証明したものではありません。もともと免疫が働きやすい方にTLSができやすい、という順序かもしれません。
また、この研究は肝細胞がんを対象としています。他のがん種でもTLSが予後と関連する報告はありますが、同じ数値がそのまま当てはまるわけではありません。
肝細胞がんでは、腫瘍の中に免疫の拠点(TLS)がある方のほうが再発が少なく、その主役はB細胞と形質細胞でした。免疫療法を考えるとき、攻撃役を増やすことと、その攻撃役が腫瘍で働き続けられることは、別の課題だということです。
※治療効果には個人差があり、すべての患者さまに同様の結果が得られるとは限りません。また、本記事で紹介した研究の多くは開発・検証の段階にあり、国内の保険適応や大規模臨床試験で標準治療として確立されたものではありません。実際の治療は、リスクとベネフィットを評価し、ご本人の同意のもとで設計します。
手術や生検で採取した組織を病理で観察すれば確認できますが、日常の診療で決まって調べる項目ではありません。この研究では、B細胞に関連する7つの遺伝子の組み合わせでTLSの有無を予測できる(AUC 0.78)ことも示されました。当院が行っている腫瘍微小環境の検査はCD8陽性T細胞や免疫を抑える細胞を中心に見ており、TLSの評価はこれとは別の観点になります。
受けられません。HAPLN3タンパクの投与で腫瘍の増殖が抑えられたのはマウスの実験で、ヒトの治療として使える薬ではありません。研究の段階にあるものを治療として提供することはしていません。
腫瘍内のB細胞やTLSを狙って増やす、確立した治療はまだありません。当院の樹状細胞ワクチン療法は、樹状細胞がキラーT細胞にがんの目印を教えるというT細胞側の組み立てです。この研究は、T細胞だけでなくB細胞や、免疫が腫瘍の中に居つく場所も結果を左右することを示した点で示唆に富みます。
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。