投稿日:2026.6.1/更新日:2026.9.20
この記事でわかること
脳転移の治療が難しい最大の理由は、脳が血液脳関門(BBB)という関門で守られていて、薬が入りにくいことです。今回の報告は、この関門に免疫療法そのものが影響していた、という内容です。
結論から申し上げます。試験された免疫チェックポイント阻害薬のなかで、PD-1阻害薬だけが血液脳関門をゆるめていました。そしてそれは、良いことでも悪いことでもありうる現象でした。
研究チームは、脳の微小環境を単一細胞レベルで解析しました(Deo A ほか, Cancer Discovery 2026)。その結果、PD-1阻害薬は予想どおり強い抗腫瘍免疫を立ち上げた一方で、試験されたすべての免疫チェックポイント阻害薬のなかでPD-1阻害薬だけが、血液脳関門の構造を不安定にしていました。
関門をゆるめていた正体は、活性化したCD8陽性T細胞が出すDKK1というタンパク質でした。DKK1がβ-カテニン/TCFとFOXM1という経路を動かし、血管の内皮細胞を不安定にしていたのです。実際、血液中のDKK1を取り除くと関門は元に戻り、実験的な脳転移の形成も減りました。
この現象には二つの顔があります。
良い側。PD-1阻害薬のあとに抗がん剤シスプラチンを投与する「順番を分けた投与」を行うと、免疫療法が効かなくなった脳転移でも、シスプラチンが脳に届きやすくなり治療効果が上がりました。関門という壁を、逆に利用する発想です。
もう一方の顔。肺がんでPD-1阻害薬を受けた方では、脳のMRIで造影効果が強まっていました。関門がゆるんでいることを示す所見です。そして血漿DKK1が上がった方では、脳転移の発生が多い傾向がありました。ただしこれは、治療が効かなかった方(非奏効例)で見られた関連です。
関門がゆるむことは、薬を通しやすくすると同時に、がん細胞も通しやすくしうる。同じ現象の裏表だということです。
この報告がはっきり示したのは、同じ薬でも、いつ・どの順番で使うかで結果が変わるということです。これは当グループがSynerTri®(シナトリ/学術名 iCCI)で設計している考え方と重なります。
薬が届きにくい場所に対しては、もうひとつの道もあります。放射線などの局所療法でがんを壊し、そこで出てきた目印(抗原)を樹状細胞ワクチン療法で免疫に覚えさせるという組み立てです。薬を「届ける」のではなく、免疫に「覚えさせて送り込む」という発想の違いです。
シスプラチンを後から投与する設計の効果が示されたのは実験モデルにおいてです。ヒトでこの順番が有効だと確立したわけではありません。
血漿DKK1を治療の目安として使えるかどうかも、これからの検証課題です。現時点で測定して治療方針を決める段階にはありません。
そしてこの報告は、PD-1阻害薬を避けるべきだという意味ではありません。脳転移に対してPD-1阻害薬が効果を示した方が実際におられることが、この研究の出発点です。
当院の実例
再発を繰り返す脳腫瘍(悪性グリオーマ)に、樹状細胞ワクチン療法とBNCTを組み合わせた症例
再発を繰り返す悪性グリオーマに対して、樹状細胞ワクチン療法に加え、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)という局所療法を組み合わせた症例です。薬が届きにくい脳に対して、局所でがんを壊す手段と、免疫に覚えさせる手段を分けて組み立てました。本記事で述べた「届ける」以外の道にあたる一例です。
※個別の症例であり、治療効果には個人差があります。同じ結果をお約束するものではありません。
PD-1阻害薬は、免疫を立ち上げると同時に、CD8陽性T細胞のDKK1を介して血液脳関門をゆるめていました。これは薬を届ける機会にもなれば、脳転移が増えることとも関連しうる、諸刃の現象です。
脳転移の治療を考えるとき、「効く薬を探す」だけでなく「どの順番で行うか」という視点が要る。この報告はそれを具体的なデータで示しました。
※治療効果には個人差があり、すべての患者さまに同様の結果が得られるとは限りません。また、本記事で紹介した研究の多くは開発・検証の段階にあり、国内の保険適応や大規模臨床試験で標準治療として確立されたものではありません。実際の治療は、リスクとベネフィットを評価し、ご本人の同意のもとで設計します。
そう決めつけられる段階ではありません。この研究で血漿DKK1の上昇と脳転移の発生が関連していたのは、PD-1阻害薬が効かなかった方(非奏効例)です。効いている方では抗腫瘍免疫の活性化が同時に起きています。また関門への影響が示されたのは、試験されたなかでPD-1阻害薬だけでした。ご自身の治療を変えるかどうかは、画像と経過を見ている主治医とご相談ください。
脳転移があることだけを理由に免疫療法が使えなくなるわけではありません。実際、PD-1阻害薬は一部の方で脳転移にも効果を示しています。この研究はむしろ「脳の中で何が起きているか」を明らかにしたもので、使えるかどうかではなくどう組み立てるかの手がかりを与えています。
「何を使うか」より「どの順番で、どの時期に行うか」という設計の問題として受け止めています。薬が届きにくい場所には、放射線などの局所療法でがんを壊し、その抗原を樹状細胞ワクチン療法で免疫に見せるという組み立ても選べます。ただしこの研究の結果を当院の治療に直接あてはめられるわけではありません。詳しくはプレシジョンメディシンをご覧ください。
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。