投稿日:2026.8.6/更新日:2026.11.6
この記事でわかること
肺がんの治療法は日々変化しており、遺伝子情報や生体機能を活用した精密な医療が定着しつつあります。手術後の微小な再発兆候を捉える技術や、薬の代謝能力に合わせて投与設計を行う研究は、患者さまの生活を守るための大きな一歩です。科学的な根拠に基づいた個別化医療の広がりを、現場の臨床医の視点からわかりやすく整理してお伝えします。
国立がん研究センターなどの研究グループにより、血液中の循環腫瘍DNAを測定して術後の再発リスクを判定する技術が進歩しています。非小細胞肺がんの分野でも、このリキッドバイオプシー技術を用いた微小残存病変の把握が治療方針の決定に役立ち始めています。
手術で目に見える腫瘍を取り切った後でも、ごくわずかながん細胞が体内に残存していることがあります。従来の画像検査では確認できない微小な病変を、血液検査で高精度に捉える試みが国内で本格化してきました。大腸がん肝転移を対象とした298例の臨床研究では、術後の循環腫瘍DNAが陽性の患者群に対して抗がん剤治療を行う有用性が示されました。
この成果は将来の研究段階にとどまらず、肺がんの術後補助療法を個別化するための強固な基盤になりつつあります。術後に抗がん剤治療を追加すべきかどうか、患者さまごとに見極める時代が近づいています。不要な治療を回避できれば、副作用の軽減や通院負担の抑制につながります。
私たちの外来でも「手術を受けた後の抗がん剤は本当に全員に必要なのですか」という質問をよく受けます。現在は保険診療での標準治療が優先されますが、将来の治療選択肢として血液による残存病変の測定は大きな希望となります。術後の過ごし方や今後の治療方針に疑問がある場合は、遠慮なく主治医や当グループにご相談ください。
東京薬科大学の研究グループが、メラトニンの代謝を指標として薬物代謝酵素CYP1A2の活性を測定する手法を開発しました。この研究は、体内の酵素の働きに合わせて適切な薬剤量を調整する個別化投与の実現に向けた成果です。
非小細胞肺がんの治療では、EGFR阻害薬をはじめとする分子標的治療薬が日常的に使用されています。一部の分子標的薬は肝臓のCYP1A2という酵素で分解されるため、酵素の働き具合によって薬の効き目や副作用の現れ方に個人差が生じます。今回の技術は、睡眠ホルモンとして分泌されるメラトニンの代謝物を分析することで、患者さまの代謝能を安全に評価する仕組みです。
現時点では基礎研究から臨床応用を目指す研究段階にあり、直ちに病院の窓口で受けられる検査ではありません。とはいえ、患者さまの代謝能力をあらかじめ把握できれば、投与初期からの重い副作用を防ぐ道が開けます。喫煙や併用薬の影響で代謝活性が変動しやすい方にとっても、安全な治療環境を整える助けになります。
外来でも患者さまから「同じ薬なのに人によって副作用が違うのはなぜですか」と尋ねられる場面が多々あります。薬の分解能力は一人ひとり異なっており、当院でも患者さまの体格や臓器機能に応じた細やかな投与管理を大切にしています。お薬の服用中に強いだるさや皮膚障害などを感じた際には、主治医や当グループにご相談ください。
抗体薬物複合体と免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる併用治療が、進行がん治療の強力な選択肢として存在感を高めています。泌尿器がん領域でエンホルツマブ ベドチンとペムブロリズマブの併用が普及する流れに呼応し、肺がん領域でも同系統の薬剤開発が活発化しています。
肺癌の臨床現場では、がん細胞の表面にある特定のタンパク質を狙い撃ちにする抗体薬物複合体が複数開発されています。TROP2やHER2を標的とする薬剤に免疫療法を上乗せすることで、腫瘍微小環境を活性化させる戦略が第3相臨床試験などで検証されています。薬剤の持つ直接的な細胞傷害作用と免疫の力による相乗効果が期待されています。
現在、一部の抗体薬物複合体は特定の遺伝子変異を持つ進行肺がんで承認されていますが、併用療法については国内外で治験が進む開発段階です。既存の抗がん剤で治療が難しくなった患者さまにとって、新たな治療の選択肢が広がる兆候として注目されています。間質性肺炎や骨髄抑制といった特徴的な副作用の管理が、臨床導入にあたっての課題となります。
当院でも患者さまから「免疫の薬と新しい抗体薬を一緒に使う治療は受けられますか」と相談される機会が増えています。適応条件や治験への参加基準を正しく見極めることが肝要です。ご自身の病状に適した新しい治療選択肢を知りたいときは、主治医や当グループにご相談ください。
がん治療を円滑に進めるためには、合併症である糖尿病や耐糖能異常の適切な管理が不可欠です。肺がんの薬物療法においても、血糖値のコントロール状況が免疫機能の維持や治療の継続性に深く関係しています。
肺がんの化学療法や放射線治療では、吐き気止めやアレルギー予防としてステロイド薬を併用することが頻繁にあります。ステロイドの使用によって血糖値が急激に上昇すると、感染症にかかるリスクが高まり、抗がん剤の減量や休薬を余儀なくされるケースがあります。血糖の乱れを放置することは、治療の完遂を妨げる要因になりかねません。
この課題は将来の研究を待つまでもなく、日々の外来診療で今すぐ実践すべき医療管理の領域です。食生活の乱れや運動不足、治療に伴う強いストレスも血糖値の悪化を招きます。日頃から血糖値を安定させることは、免疫療法や分子標的治療を予定通りに進めるための土台となります。
私たちの外来でも「糖尿病の持病があるけれど抗がん剤治療を続けられますか」と不安を抱えて来院される方が多くいらっしゃいます。糖尿病専門医や栄養士と緊密に連携しながら、治療を中断させない体制を整えることが大切です。治療中の血糖管理や生活の整え方について気になる点があれば、主治医や当グループにご相談ください。
当院の実例
小細胞肺がんの術後再発に、抗がん剤を使わず樹状細胞ワクチン療法のみで3年間の進行停止が得られ、仕事を続けている60代男性
右肺上葉切除と再発予防の抗がん剤・予防的放射線の後、縦隔リンパ節に再発。抗がん剤の再開を望まれず、樹状細胞ワクチン療法のみで治療しました。再発から3年、進行停止を維持し、お仕事も続けておられます。再発予測の検査を「その後の設計」につなげる一例です。
※個別の症例であり、治療効果には個人差があります。同じ結果をお約束するものではありません。
肺がんの診療体系は、循環腫瘍DNAを用いた再発リスク判定や薬物代謝酵素の評価法の開発により、個別化の深みを増しています。抗体薬物複合体と免疫療法の併用など、腫瘍微小環境に働きかける新たな治療戦略の開発も進行中です。
肺がんはプレシジョンクリニックグループが創業以来最も取り組んでいるがん種です。当グループでは包括的なゲノム解析を実施し、患者さま一人ひとりの腫瘍特性や全身状態に応じた個別化医療の実績を積み上げています。最新の検査や最適な治療選択についてお悩みの方は、お気軽に当グループへご相談ください。
ctDNA陽性は再発リスクが高いことを示す指標ですが、画像で病変が見えない段階です。この段階での治療は臨床試験で検証が進んでいます。当院では免疫療法で再発を抑える設計を検討します。
薬を分解する酵素の働きには個人差があり、同じ量でも副作用の出方が変わります。代謝能力を評価して投与量を調整する研究が進んでおり、副作用で治療を中断しないための個別化の一つです。
非小細胞肺がんで併用の開発が進んでいます。当院では主治医のADC・免疫チェックポイント阻害薬治療を続けながら、樹状細胞ワクチン療法を並行する設計を行います。
監修:矢﨑 雄一郎 医師
プレシジョンクリニック 東京院長/医療法人社団プレシジョンメディカルケア 理事長 | 専門分野:一般外科・消化器外科
がんゲノム情報に基づく個別化医療と免疫療法を専門とし、標準治療と組み合わせた治療設計に取り組んでいます。著書『免疫力をあなどるな!』。
【免責事項】本記事は2026年7月に公表された公的機関の発表・査読論文・主要医学メディアの報道に基づいて作成しています。一般的な医療情報の提供を目的としており、特定の患者さまへの診療を行うものではありません。記載した治療のなかには、国内の保険適用や大規模臨床試験で標準治療として確立されていないものも含まれます。実際の治療方針は、主治医または専門医にご相談ください。
【最終更新日】2026年9月9日
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。