投稿日:2026.9.5/更新日:2026.11.5
この記事でわかること
膵臓がんと診断されたとき、治療の選択肢が限られていることに不安を覚える方は少なくありません。従来の標準治療では十分な効果が得られにくい場面もあります。しかし、がんの遺伝子変異を狙い撃ちにする分子標的薬や、病気の特性を細かく見分ける研究は着実に前進しています。今月届いた海外の承認情報や基礎研究の成果について、患者さまとご家族に知っていただきたい要点を分かりやすく解説します。
米食品医薬品局(FDA)は2026年8月26日、米新興企業レボリューション・メディシンズが開発した膵臓がんの経口治療薬ダラクソンラシブを承認しました。臨床試験において、本薬を服用した患者グループの全生存期間が既存の標準的な化学療法を受けたグループと比べて約2倍に延びたことが評価されました。FDAはこの高い治療成績を重視し、優先審査を経て迅速に承認手続きを進めました。
難治とされる膵癌の領域で、生存期間が2倍近くまで延長したという臨床データは過去にほとんど例がありません。ダラクソンラシブはがんの増殖シグナルを司るRAS経路を幅広く標的とする低分子阻害薬です。多くの膵がん患者さまで認められる遺伝子変異に働きかけ、がん細胞の増殖を強力に抑え込みます。点滴ではなく自宅で服用できる飲み薬である点も、通院負担の軽減につながります。
ただし、この新薬は現時点では米国での承認にとどまります。日本の保険診療で今すぐ処方してもらうことはできません。国内で使用可能になるまでには、国内治験の実施や医薬品医療機器総合機構(PMDA)による承認審査を待つ必要があります。一般的には数年の期間を要するのが通例です。
私たちの外来でも、患者さまから「海外で承認された新しい飲み薬は日本ですぐ使えますか」という切実な質問をよくいただきます。国内治験への参加や個人輸入の是非などを含め、ご自身の状況に合わせた現実的な選択肢について主治医や当グループにご相談ください。
ダラクソンラシブの効果・副作用・日本で使えるまでの見通しは、ダラクソンラシブ(ラソンク)とはで詳しく解説しています。
東京都健康長寿医療センターの研究グループは、膵臓がん細胞を立体的に培養すると、従来の平面培養では現れなかった糖タンパク質「ムチン」が出現することを発見しました。この成果は2026年8月に発表されました。出現したムチンは、がんの悪性度や抗がん剤の効きにくさと深く関連していることが判明しています。
従来の基礎研究では、プラスチックの平らな皿の上で細胞を平面的に培養する手法が主流でした。しかし、体内にある実際の膵臓癌組織は、細胞同士や間質が立体的に複雑に絡み合う腫瘍微小環境を形作っています。平面培養ではがん細胞が本来持っている性質が十分に再現されず、効果的な薬剤の探索が妨げられていました。
今回の研究では、がん細胞を立体的な3次元構造で育てることにより、生体内に近い環境を再現しました。その結果、がん細胞の表面にムチンが分泌され、これが抗がん剤の侵入を阻むバリアのような役割を果たしていることが分かってきました。このムチンの発現状態を調べることで、患者さまごとの薬の効きやすさを事前に予測できる可能性があります。
本研究は実験室レベルの基礎研究段階であり、すぐに明日からの日常診療で検査値として測定できる技術ではありません。将来的に、組織の悪性度判定や耐性を克服する新薬の開発につながると期待されています。抗がん剤の耐性や治療薬の変更に不安を感じている方は、現時点のバイオマーカー検査の適応について主治医へご相談ください。
膵臓がんは周囲に厚い間質組織を抱え込み、薬剤が届きにくい特徴を持っています。これを腫瘍微小環境(TME)と呼びます。今月の立体培養の研究成果が示すように、微小環境のバリアをどう突破するか、あるいはどう無力化するかが治療成績を左右する鍵となっています。
これまでの画一的な抗がん剤治療から、個々の患者さまのがんが持つ遺伝子変異や微小環境の特徴に応じた「個別化医療」への移行が急速に進んでいます。ダラクソンラシブのような遺伝子経路を標的とする薬剤の登場は、まさにゲノム診断に基づく治療選択の意義を証明しています。がん組織の遺伝子プロファイリングを行うがん遺伝子パネル検査は、日本でもすでに保険診療として導入されています。
当院でも患者さまから「遺伝子検査を受けても使える薬がないと言われた」と落胆される声を伺うことがあります。しかし、分子標的薬の開発スピードは以前とは比べものにならないほど加速しています。一度検査を行って標的が見つからなかった場合でも、新たな治療薬の治験情報や適応拡大の動向を定期的に把握しておくことが大切です。
がんの進行状況や体調に応じて、どのようなタイミングで遺伝子解析を活用すべきか迷われたときは、治療方針のセカンドオピニオンも含めてお気軽にご相談ください。
当院の実例
切除不能の膵体部がんステージ4に抗がん剤と樹状細胞ワクチン療法を併用し、4年以上無再発で経過している60代男性
がんが動脈に浸潤しリンパ節転移もあり手術はできませんでした。抗がん剤(FOLFIRINOX)の副作用を機に当院を受診し、抗がん剤と併用する形で樹状細胞ワクチン療法を開始。その後の検査でがんは画像上確認できなくなり、4年以上再発なく経過しています。新薬の承認を待つ間も、いま使える治療を重ねて時間をつくる設計の一例です。
※個別の症例であり、治療効果には個人差があります。同じ結果をお約束するものではありません。
2026年8月は、米FDAによる経口新薬ダラクソンラシブの承認や、細胞の立体培養による薬剤耐性因子の特定など、膵臓がんの克服に向けた希望ある進展が確認された月でした。基礎研究から臨床開発まで、世界中で新たなアプローチが進行しています。
膵臓がんは、プレシジョンクリニックグループが創業以来最も力を注いで取り組んでいるがん種です。当グループでは、がんゲノム解析や腫瘍微小環境の評価を深く追求し、患者さま一人ひとりの病態に合わせた精密医療の実績を積み上げています。国内外の治験情報や最新の研究成果を踏まえ、最善の選択肢を見出す支援を続けています。
これからの治療計画やセカンドオピニオンについて迷われた際は、プレシジョンクリニックグループの膵臓がん治療についてをご確認の上、いつでもご相談ください。
2026年8月時点で日本では未承認で、保険診療では使えません。国内承認までは一般に1〜3年かかるとされます。承認に備えて、ご自身のKRAS変異の型(G12D・G12Vなど)を遺伝子パネル検査やリキッドバイオプシーで確認しておくことをおすすめします。
標準治療の抗がん剤を土台に、樹状細胞ワクチン療法や免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせて進行を抑える設計があります。当院ではこの組み合わせで長期に経過している膵臓がんの方を経験しています。
あります。膵臓がんは線維の壁で免疫や薬が届きにくいことが知られています。当院では腫瘍微小環境の検査結果をもとに、放射線や抗がん剤で壁を崩してから免疫を働かせる順番で治療を設計します。
監修:矢﨑 雄一郎 医師
プレシジョンクリニック 東京院長/医療法人社団プレシジョンメディカルケア 理事長 | 専門分野:一般外科・消化器外科
がんゲノム情報に基づく個別化医療と免疫療法を専門とし、標準治療と組み合わせた治療設計に取り組んでいます。著書『免疫力をあなどるな!』。
【免責事項】本記事は2026年8月に公表された公的機関の発表・査読論文・主要医学メディアの報道に基づいて作成しています。一般的な医療情報の提供を目的としており、特定の患者さまへの診療を行うものではありません。記載した治療のなかには、国内の保険適用や大規模臨床試験で標準治療として確立されていないものも含まれます。実際の治療方針は、主治医または専門医にご相談ください。
【最終更新日】2026年9月9日
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。