投稿日:2026.9.5/更新日:2026.11.5
この記事でわかること
抗がん剤治療を続けてきたものの、効果が薄れてきたと感じる瞬間は大きな不安を伴います。従来の免疫チェックポイント阻害薬は、特定のがんで目覚ましい成果を上げてきました。一方で、大腸がんのように免疫が働きにくい腫瘍微小環境を持つがん種では、十分な恩恵を受けられない課題が残されています。今月は、免疫の壁を打ち破る二重特異性抗体や、先進技術を駆使した探索研究など、治療の選択肢を広げる最新の動きを解説します。
武田薬品工業と提携する中国Innovent Biologics社は、進行大腸がんを対象とするIBI363の第3相試験を開始しました。この治験(NCT07722494)では、標準治療に抵抗性を示した患者さまに対して最初の投与が行われました。血管新生阻害薬のベバシズマブと併用し、既存の治療法との効果を比較検証します。
IBI363は、PD-1とIL-2αを同時に標的とする二重特異性抗体融合蛋白質です。がん細胞が免疫にブレーキをかけるPD-1経路を遮断しつつ、免疫細胞を刺激するIL-2のシグナルを選択的に届けます。これにより、免疫細胞が腫瘍に入り込みにくい大腸がんの組織環境を変える狙いがあります。
この薬剤は現在、臨床開発の最終関門である第3相試験の段階に入ったところです。今すぐ一般の医療機関で処方できる段階ではありません。しかし、治療選択肢が狭まった大腸がん患者さまにとって、将来の標準治療を変えうる選択肢として期待されています。
私たちの外来でも、抗がん剤の副作用に耐えながら次の手を模索する大腸がんの患者さまから相談を受けます。標準治療の継続が困難になったときの選択肢について疑問があれば、主治医や当グループにご相談ください。
免疫療法が効きにくい冷たい腫瘍を、免疫が活発に働く温かい腫瘍へ変化させる試みが世界中で加速しています。従来のPD-1やPD-L1を標的とする免疫チェックポイント阻害薬単剤では、がん組織周囲の免疫抑制環境を打破できないケースが多くありました。そこで開発が進められているのが、免疫賦活因子を組み合わせた複合製剤です。
免疫細胞を活性化させるサイトカインは、全身に投与すると強い副作用が出る弱点がありました。最新のバイオエンジニアリング技術は、狙った免疫細胞だけに作用するよう分子構造を改良しています。特定の受容体への結合バランスを調節することで、全身性の炎症反応を抑えながら局所の免疫を強力に高めます。
今回のIBI363のような分子は、免疫療法が効きにくいとされてきた大腸がんや膵臓がんの領域に光を当てています。これは将来の研究段階から、着実に実用化へ近づいている動きです。国内外のバイオベンチャーがこぞってこの領域のパイプラインを強化しています。
当院でも患者さまから、自分の腫瘍組織で免疫療法が効く状態にあるのかという質問をよく受けます。遺伝子変異の状況や微小環境の特徴に応じた治療戦略について、ぜひお気軽にご相談ください。
米メリーランド大学では、量子コンピューティングと人工知能(AI)を活用したがん治療材料の創出プロジェクトが始まりました。単一原子触媒と呼ばれる微細な触媒材料を設計し、がんの正確な検出と局所治療を同時に目指す研究です。
腫瘍微小環境の中では、活性酸素や局所のpHバランスが免疫細胞の働きを大きく制限しています。新材料によってがん局所の生化学反応をピンポイントで制御できれば、免疫チェックポイント阻害薬の効果を高める支援材料になり得ます。量子計算を導入することで、膨大な化合物候補から最適な構造を短期間で絞り込めます。
この研究は基礎研究の段階であり、人間への臨床応用にはまだ時間がかかります。しかし、従来の低分子化合物や抗体医薬とは異なるアプローチであり、工学と免疫療法の融合として興味深い進展です。将来的に個別化医療の道具立てがさらに増える可能性を示しています。
日進月歩の基礎科学が、いずれ臨床現場の治療選択肢を押し広げていきます。先端技術の動向や現在の標準治療との兼ね合いについて気になることがあれば、いつでも主治医や当グループにご相談ください。
がんの再発や転移が判明した外来診療では、限られた時間の中で迅速かつ的確な方針決定が求められます。国立がん研究センターなどの第一線で活躍する腫瘍内科医も、患者さま一人ひとりの状態に応じた対話を重視しています。体力や生活背景、そして腫瘍のゲノムプロファイルを総合的に評価しなければなりません。
プレシジョンクリニックグループが創業以来最も取り組んでいるがん種においても、初回治療と再発時では治療戦略が大きく異なります。再発時には腫瘍の性質が変化している場合があり、PD-L1の発現状況や遺伝子変異の再評価が欠かせません。初回に効果が乏しかった場合でも、併用療法や別の作用機序を持つ薬剤が選択肢に入る場合があります。
患者さまが納得して治療を選ぶためには、主治医との率直なコミュニケーションが大切です。副作用の懸念や通院頻度、日常生活で譲れない希望をメモにまとめて受診することをお勧めします。外来での限られた時間を最大限に活かす工夫が、最適な個別化医療につながります。
治療方針に迷いが生じた際や、現在の治療効果に不安があるときは、一人で抱え込まず主治医や当グループにご相談ください。
当院の実例
手術で取りきれなかった悪性神経膠腫に樹状細胞ワクチン療法と免疫チェックポイント阻害薬を重ね、3年間良好な経過を維持している70代女性
手術で完全には切除できず、放射線と抗がん剤の開始から数か月後に樹状細胞ワクチン療法を追加。1年後に腫瘍は縮小して進行が止まりましたが、1年10か月後にわずかな増大を認めたため免疫チェックポイント阻害薬を追加しました。その後は再び進行が止まり、診断から3年、良好な経過を保っています。〈アクセル〉に〈ブレーキ解除〉を重ねたSynerTri®の実例です。
※個別の症例であり、治療効果には個人差があります。同じ結果をお約束するものではありません。
がん免疫療法は、単一の免疫チェックポイント阻害薬を用いる時代から、複合的なアプローチへと進化しています。大腸がんを対象とした二重特異性抗体の第3相試験開始に見られるように、難治性がんへの適応拡大が現実味を帯びてきました。同時に、AIや量子技術を取り入れた次世代の創薬基盤も着実に育っています。
プレシジョンクリニックグループでは、詳細なゲノム解析に基づき、腫瘍微小環境を見極めた個別化医療を大切にしています。患者さまごとの遺伝子プロファイルに合わせた最適な治療方針の検討に力を尽くしています。ご自身の治療計画や今後の選択肢についてお悩みの際は、いつでも当グループまでご相談ください。
1つの抗体で2つの標的(例:PD-1とIL-2受容体)に同時に働きかける薬です。免疫のブレーキを外すと同時に免疫細胞を活性化する設計で、従来のPD-1阻害薬が効きにくいがんで開発が進んでいます。現時点では治験段階です。
放射線や抗がん剤でがんを囲む壁を崩し、その後に免疫療法を重ねる設計は当院で行っています。腫瘍微小環境の検査で状態を確かめてから順番を決めます。
あります。樹状細胞ワクチン療法で免疫にがんの目印を教え直したり、局所療法で目印を露出させたりすることで、免疫チェックポイント阻害薬が再び働く場合があります。治療歴と免疫の検査結果をもとに設計します。
監修:矢﨑 雄一郎 医師
プレシジョンクリニック 東京院長/医療法人社団プレシジョンメディカルケア 理事長 | 専門分野:一般外科・消化器外科
がんゲノム情報に基づく個別化医療と免疫療法を専門とし、標準治療と組み合わせた治療設計に取り組んでいます。著書『免疫力をあなどるな!』。
【免責事項】本記事は2026年8月に公表された公的機関の発表・査読論文・主要医学メディアの報道に基づいて作成しています。一般的な医療情報の提供を目的としており、特定の患者さまへの診療を行うものではありません。記載した治療のなかには、国内の保険適用や大規模臨床試験で標準治療として確立されていないものも含まれます。実際の治療方針は、主治医または専門医にご相談ください。
【最終更新日】2026年9月9日
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。