投稿日:2024.1.20/更新日:2026.6.2
本記事の初回公開(2024年)以降、ELI-002の研究は大きく進展しました。ここでは2026年6月時点の最新エビデンスと、当グループが取り組む完全オーダーメイド型のKRAS標的樹状細胞ワクチン療法との違いを、専門医の視点から解説します。RAS変異がん全般の治療や膵臓がんの治療選択肢とあわせてご覧ください。
このセクションの要点(結論ファースト)
2025年8月、第I相AMPLIFY-201試験の最終フォローアップデータがNature Medicineに掲載されました。膵臓がん20例・大腸がん5例の計25例を対象としたものです。主な結果は以下の通りです。
初代のELI-002 2PはG12D・G12Rの2変異が対象でしたが、次世代型のELI-002 7PはG12D・G12V・G12R・G12C・G12A・G12S・G13Dの7変異に対応します。これにより、より幅広いKRAS変異の患者さんが対象になり得ます。
進行中の第II相AMPLIFY-7P試験では、評価可能な90例のうち99%でKRAS変異特異的T細胞応答が確認され、ベースラインから平均145倍のT細胞増加が報告されています。ただしこれは免疫応答(T細胞増加)のデータであり、臨床的な再発抑制・生存延長の効果は第II相の最終結果を待つ必要があります(2026年内に結果予定)。
なお、FDAは2026年4月時点でELI-002の承認申請戦略に支持的なフィードバックを示していますが、ELI-002は現在も未承認の研究段階の薬剤であり、日本での一般的な使用はできません。
ELI-002の最大の特徴は、あらかじめ製造された規格化ペプチドを用いる「既製品(off-the-shelf)型」であることです。誰にでも同じ抗原を投与するため、製造コストと時間を抑えられる利点があります。
一方、当グループが取り組むKRAS標的樹状細胞ワクチン療法は「完全オーダーメイド型」です。患者さんご自身の樹状細胞を採取・培養し、その方のHLA型(免疫の型)とKRAS変異タイプに合わせて抗原を設計します。これこそが個別化(プレシジョン)医療の核心です。
この「オーダーメイド」という考え方は、当グループが長年取り組んできた理念そのものです。遺伝子パネル検査の結果に基づいて一人ひとりの治療戦略を組み立てる——KRAS変異の型、HLA型、その他の分子情報を読み解き、その方に最も合う治療の組み合わせを設計する。私たちのワクチン療法は、この一貫した方針の延長線上にあります。
ELI-002の現在の試験対象は、術後に最小残存病変(MRD)が陽性の早期〜局所進行の患者さんです。一方、当グループではステージ4を含む進行がん・転移がんの患者さんも対象としています。
進行がん・転移がんに対しては、ワクチン単独ではなく、当グループのSynerTri®プロトコル(革新的複合がん免疫療法)に基づき、複数の治療を組み合わせた戦略を設計します。SynerTri®は3つの柱で構成されます。
〈アクセル〉樹状細胞ワクチン療法
KRAS変異などを標的に、がんを攻撃する免疫を起動する。
〈ブレーキ解除〉免疫チェックポイント阻害薬
がんが免疫にかけた「ブレーキ」を外す。
〈スイッチ〉局所療法
放射線・腹腔内投与などで腫瘍の状態を変える。
進行がんでは、ワクチンで起動した免疫を、チェックポイント阻害薬で持続させ、局所療法で後押しする——このように複数のアプローチを統合的に設計することで、進行・転移の状況に対しても免疫応答を引き出すことを目指します。具体的な組み合わせは、ゲノム解析(KRAS変異タイプ・HLA型・腫瘍微小環境の評価)の結果に基づいて、お一人おひとり個別に立案します。
| 比較項目 | ELI-002(既製品型) | 当グループのKRAS樹状細胞ワクチン(オーダーメイド型) |
|---|---|---|
| 抗原の設計 | あらかじめ決められたKRAS変異ペプチド(規格品) | 患者個別のHLA型・KRAS変異タイプに合わせて設計 |
| 製造方法 | 大量製造・在庫保有が可能 | 患者ごとに樹状細胞を採取・培養・加工 |
| 対象患者 | 術後MRD陽性の早期〜局所進行がん(現試験) | ステージ4を含む進行がん・転移がんも対象 |
| 開発・提供段階 | 第II相試験進行中(未承認) | 自由診療として実施中 |
| 他治療との組み合わせ | 現試験は単剤中心 | 免疫チェックポイント阻害薬・RAS阻害薬との併用を検討 |
オーダーメイド型の理論上の利点は、患者さん固有の免疫環境に合わせられる点にあります。ただし、ELI-002・当グループの療法のいずれも、ランダム化比較試験(RCT)での確立されたエビデンスは現在も検証段階であり、治療効果を断定できるものではありません。この点は正直にお伝えします。
プレシジョンクリニックグループは、6,000例以上の樹状細胞ワクチン療法を実施してきた専門機関であると同時に、その研究開発にも携わる開発医療機関です。その立場から、ELI-002の研究で示された一つの現象に、私たちは特に注目しています。「エピトープスプレディング(抗原拡散)」です。
これは、ワクチンが標的とした抗原(ELI-002の場合はKRAS変異ペプチド)以外の、腫瘍が持つ別の抗原に対しても、免疫(T細胞)が反応しはじめる現象です。ELI-002の第I相試験では、約67%の患者さんでこの抗原拡散が観察されました。
なぜこれが重要なのか。がん細胞は均一ではなく、KRAS変異を「目印」として持つ細胞もあれば、持たない細胞も混在します。標的抗原だけを攻撃する免疫では、目印を持たない細胞を取り逃します。しかしエピトープスプレディングが起これば、最初の標的をきっかけに、免疫が腫瘍のより広い範囲を認識するようになる——これは、がんの多様性(不均一性)という難題に対する、一つの希望ある手がかりです。
樹状細胞ワクチンの開発に携わってきた立場として、この現象は研究開発上きわめて魅力的であり、勇気づけられる結果です。当グループは、こうした抗原拡散を引き出すことを一つの方向性として見据えながら、樹状細胞ワクチン療法のさらなる開発と最適化を進めていきたいと考えています。免疫を「点」ではなく「面」で働かせる——その実現を目指すことが、私たちの研究開発の指針の一つです。
Q. ELI-002は日本で受けられますか?
A. 2026年6月時点で、ELI-002は国内・海外とも未承認の研究段階の薬剤です。使用は治験参加等に限られます。
Q. 当グループの樹状細胞ワクチンとELI-002はどう違いますか?
A. ELI-002は規格化された既製品ワクチンであるのに対し、当グループの療法は患者個別のHLA型・KRAS変異タイプに合わせて設計する完全オーダーメイド型です。また、ステージ4を含む進行がんも対象とし、他の治療との併用を検討する点も異なります。
Q. 自分のKRAS変異タイプはどう調べますか?
A. がん遺伝子パネル検査やリキッドバイオプシーで、KRAS変異の型(G12D・G12V・G12R等)を確認できます。当グループでも遺伝子解析からご相談いただけます。
KRAS変異がん・ワクチン療法について専門医に相談する
「自分のKRAS変異タイプは?」「オーダーメイドの樹状細胞ワクチンは自分に合う?」——こうした疑問に、専門医が無料でお答えします。
本セクションは2026年6月2日時点の情報に基づいて追記しました。ELI-002は未承認の研究段階の薬剤です。実際の治療方針は必ず主治医または専門医にご相談ください。
プレシジョンクリニックグループは、6,000例以上の樹状細胞ワクチン療法を実施してきた専門機関であり、その研究開発に携わる開発医療機関です。
監修:矢﨑雄一郎(プレシジョンクリニック東京院長/医療法人社団プレシジョンメディカルケア|樹状細胞ワクチン療法の開発に携わる)/岡崎能久(プレシジョンクリニック名古屋院長|消化器がん・免疫療法・先端医療の開発および技術動向に精通)
参考文献:Wainberg ZA, et al. Nature Medicine. 2025;SITC Annual Meeting Abstract 1317, 2025;Targeted Oncology, April 2026.