2026.7.2
がん遺伝子パネル検査で「BRAF変異」「BRAF V600E」と示されることがあります。BRAFはRASと同じMAPK経路(EGFR → RAS → RAF/BRAF → MEK → ERK)の一部で、RASのひとつ下流に位置します。この位置関係が、治療を考えるうえで重要な意味を持ちます。
細胞の増殖シグナルは、EGFRなどの受容体から入り、RAS → RAF/BRAF → MEK → ERK という順に伝わります。BRAFはRAFファミリーの一員で、RASから受け取った指令を下流のMEKへ渡す“中継スイッチ”です。通常は必要なときだけオンになります。
ところがBRAFに活性化変異が起こると、上流のRASの状態にかかわらず、BRAF自身が勝手にオンのままになります。その結果、下流のMEK・ERKが刺激され続け、細胞が増殖の指令を受け取り続けてしまいます。もっとも多いのが、BRAFの600番目のアミノ酸が置き換わるV600E変異です。
BRAF変異の大半はV600Eが占めます。この変異があると、BRAFがRASからの指令を必要とせずに単独で活性化し、MAPK経路を「常時オン」にします。V600Eは大腸がんのほか、悪性黒色腫、肺がん、甲状腺がんなど、複数のがん種で見つかります。
BRAF V600E変異は、転移性大腸がんの約8〜12%に認められます。この集団にはいくつかの特徴があります。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 原発部位 | 右側大腸がんに多い傾向 |
| 予後 | 野生型に比べ予後不良とされる |
| MSI状態 | 多くはMSS(マイクロサテライト安定)だが、MSI-Hを伴うこともある |
| 標準化学療法 | 効果が乏しく、進行が速い傾向 |
治療を考えるうえで重要なのは、BRAF V600E変異がある大腸がんでは、RAS野生型であっても抗EGFR抗体薬(セツキシマブ・パニツムマブ)単独では効果が限定的という点です。EGFRの入り口を止めても、下流のBRAFが独立して動き続けるためです。BRAF変異が右側大腸がんに多いことは、右側で抗EGFR抗体薬が効きにくい理由のひとつでもあります。
この“効きにくさ”を乗り越えるために、BRAFそのものを止める薬(BRAF阻害薬エンコラフェニブ)と抗EGFR抗体薬(セツキシマブ)を組み合わせる戦略が確立されています。
既治療のBRAF V600E転移性大腸がんを対象とした第III相BEACON CRC試験では、エンコラフェニブ+セツキシマブ(±MEK阻害薬ビニメチニブ)が、標準治療(セツキシマブ+化学療法)と比べて全生存期間を延長しました。この結果をもとに、当該併用が承認されています。
さらに近年は、未治療(一次治療)の段階からこの併用に化学療法を加える戦略も検討されています。一次治療のBRAF V600E転移性大腸がんを対象とした第III相BREAKWATER試験では、エンコラフェニブ+セツキシマブ+mFOLFOX6が標準治療と比べて全生存期間を延長したと報告されています(中間解析:中央値30.3か月 対 15.1か月)。
なお、BRAF V600E大腸がんの多くはMSS(免疫療法が効きにくいタイプ)ですが、MSI-Hを伴う場合には免疫チェックポイント阻害薬が選択肢になることがあります。BRAF変異と免疫療法を組み合わせる研究も進んでいますが、標準として確立した段階ではありません。
ここまではもっとも多いV600E変異を中心に述べてきましたが、BRAFにはV600以外の変異(non-V600E変異)も存在します。これらは仕組みも臨床的な意味も異なるため、区別が重要です。BRAF変異は、キナーゼ活性・二量体形成・RASへの依存性という観点から、機能的に3つのクラス(Class I/II/III)に分類されます。
| クラス | 代表変異 | 活性化の仕方 | RAS依存性 |
|---|---|---|---|
| Class I | V600E・V600K | 単量体で活性(キナーゼ活性 高) | 非依存 |
| Class II | K601E・L597・G469・融合遺伝子 | 二量体で活性(中〜高) | 非依存 |
| Class III | D594・G596・G466 | キナーゼ活性が低下/なし。CRAFと二量体を作り上流シグナルを増幅 | 依存 |
この違いは治療に直結します。第一世代のBRAF阻害薬(ベムラフェニブ・ダブラフェニブ・エンコラフェニブ)は、単量体として働くClass I(V600)を止めるようにできています。そのため、二量体で働くClass IIや、キナーゼ活性が低くRAS依存で働くClass IIIには、同じようには効きにくいと考えられています。大腸がんの標準治療として確立しているエンコラフェニブ+セツキシマブ(BEACON試験)や一次治療のBREAKWATER試験も、対象はV600E(Class I)に限られます。non-V600(Class II/III)に対する標準的な標的治療は、現時点で確立していません。
大腸がんでは、non-V600 BRAF変異は転移性大腸がんの約2.2%(BRAF変異全体の約22%)とまれですが、臨床像がV600Eとかなり異なります。後ろ向き研究では、non-V600の患者はV600Eに比べて年齢が若く(中央値58 対 68歳)、右側原発や高悪性度が少なく、そして予後がむしろ良好であると報告されています(全生存期間中央値:non-V600 60.7か月 対 V600E 11.4か月 対 野生型 43.0か月)。V600Eが「予後不良」であるのとは対照的です。
治療の方向性についても、V600E(Class I)で「抗EGFR抗体薬が効きにくい」ことと、non-V600(特にRAS依存のClass III)が同じとは限りません。RAS依存であるClass IIIでは、上流を止める抗EGFR抗体薬が理論上は意味を持つ可能性があり、一部にその効果を示唆する報告もあります。ただしこれは限られたデータにもとづく段階で、標準治療として確立したものではありません。実際の治療は、変異の型・クラスと全身状態をふまえて個別に検討する必要があります。
BRAFはRASの「下流」にある遺伝子です。増殖シグナルはEGFR→RAS→RAF/BRAF→MEK→ERKの順に伝わり、BRAFはRASから指令を受け取って次へ渡す中継役です。どちらも変異するとスイッチが入りっぱなしになります。
転移性大腸がんの約8〜12%に認められます(報告により5〜21%と幅があります)。右側大腸がんに多く、予後がやや不良とされる特徴があります。
BRAF V600E変異がある大腸がんでは、RAS野生型であっても抗EGFR抗体薬単独では効果が限定的です。そのためBRAF阻害薬(エンコラフェニブ)と抗EGFR抗体薬を組み合わせる治療が用いられます。なおnon-V600(特にClass III)は仕組みが異なり、扱いも変わります。
non-V600E変異は、二量体で働くClass IIや、キナーゼ活性が低くRAS依存で働くClass IIIに分類されます。大腸がんではまれ(約2.2%)ですが、後ろ向き研究ではV600Eより予後が良好と報告されています。第一世代BRAF阻害薬は単量体(V600)向けのため、Class II/IIIには効きにくく、標準的な標的治療は未確立です。
V600E変異は右側大腸がんに多い傾向があり、鋸歯状病変・CIMP・MSI-Hなどと関連する発がん経路が背景にあると考えられています。一方、non-V600はむしろ右側が少ないと報告されています。