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TOP コラム 抗がん剤 大腸がんの右側・左側とRAS/BRAF変異 ― 抗EGFR抗体薬が効きやすいのはどんなタイプか

抗がん剤

投稿日:2026.7.2/更新日:2026.7.2

大腸がんの右側・左側とRAS/BRAF変異 ― 抗EGFR抗体薬が効きやすいのはどんなタイプか

この記事でわかること
大腸がんは、がんが発生した場所(右側か左側か)によって、遺伝子変異の傾向や薬の効き方が異なること
左側でRAS・BRAFがともに変異陰性(野生型)の場合、抗EGFR抗体薬の効果が期待されやすい集団があること
なぜRAS変異があると抗EGFR抗体薬が効きにくくなるのか、その仕組み(MAPK経路)
「右側・左側」や「RAS/BRAF野生型」だけでは治療効果を判断しきれない理由と、その限界
RAS変異が陽性で抗EGFR抗体薬の対象から外れる場合、変異したRAS自体を標的にするネオアンチゲンワクチンなど免疫療法の観点からの選択肢

結論から述べます。左側の大腸がんでRAS変異・BRAF変異のいずれも認めない(野生型の)場合は、抗EGFR抗体薬の効果を期待しやすい集団と考えられています。一方で右側の大腸がんは、RAS変異・BRAF変異やMSI-Hなどを持つ割合が高く、左側とは異なる生物学的な性質を持つことが多いとされています。同じ「大腸がん」でも、発生した場所と遺伝子の情報を組み合わせて治療を考えることが、いまの標準的な考え方です。

進行・再発した大腸がんの治療方針を考えるとき、私たちはまず「がんがどこにできたか」と「どの遺伝子に変化があるか」を確認します。具体的には、右側大腸がんか左側大腸がんかという原発部位に加えて、RAS遺伝子とBRAF遺伝子の変異の有無が、薬を選ぶうえで大きな手がかりになります。ここでは、その背景にある仕組みと、査読を経た論文で示されている数値を、限界も含めて整理します。

右側大腸がん・左側大腸がんとは

大腸は一続きの臓器ですが、発生の背景という点では、右側と左側でかなり性格が違います。一般的に右側大腸がんは盲腸・上行結腸・横行結腸の近位側にできるがんを、左側大腸がんは下行結腸・S状結腸・直腸にできるがんを指します。どこで線を引くかは臨床試験や報告によって多少の幅がありますが、治療を考える出発点として「右か左か」がひとつの目印になります。

この違いは、発がんの経路そのものの違いに根ざしています。右側では、鋸歯状病変(きょしじょうびょうへん)を背景とする経路や、DNAのメチル化、MSI-H、BRAF変異などが関わることが多いと考えられています。対して左側では、APC・KRAS・TP53といった遺伝子が順に関わる、いわゆる古典的な発がん経路が中心になりやすいとされています。見た目は同じ大腸がんでも、成り立ちが違うわけです。

RAS・BRAFとは ― 抗EGFR抗体薬が効く仕組み

RASとBRAFは、がん細胞が増えるためのシグナルを中継する遺伝子です。細胞の表面にあるEGFR(上皮成長因子受容体)から入った「増えろ」という指令は、細胞の中を次の順に伝わっていきます。

EGFR → RAS → RAF/BRAF → MEK → ERK

この一連の流れはMAPK経路と呼ばれ、細胞の増殖に深く関わっています。抗EGFR抗体薬は、この入り口にあたるEGFRをふさぐことで、がん細胞へ届く増殖シグナルを止めようとする薬です。

問題は、EGFRより下流にあるRASやBRAFに「活性化変異」がある場合です。入り口を閉めても、その先のスイッチが勝手に入りっぱなしになっていれば、シグナルは流れ続けてしまいます。だからこそ、RAS変異が陽性の大腸がんでは、抗EGFR抗体薬の効果は原則として期待しにくいと考えられています。RAS変異(特にKRAS変異)は、抗EGFR療法への抵抗性と関連する代表的な分子異常です。下の図は、その違いを模式的に示したものです。


EGFRシグナル経路(EGFR→RAS→RAF/BRAF→MEK→ERK)の模式図。RAS・BRAF野生型では抗EGFR抗体薬でシグナルが止まり、RAS/BRAF変異では下流が自律的に動き続けて効果が出にくいことを示す
図:EGFRシグナルと抗EGFR抗体薬の効き方(プレシジョンクリニック作成)。機序は分子生物学の一般的知見に基づく模式図であり、実際の分子構造とは異なります。

左側大腸がんとRAS/BRAF ― なぜ抗EGFR抗体薬を検討しやすいのか

左側大腸がんは、右側と比べてBRAF変異が少なく、RAS・BRAFがともに野生型である割合が比較的高い傾向があります。44の試験・約16,000人の患者を統合したシステマティックレビュー&メタ解析では、原発部位ごとの変異の頻度が次のように報告されています。

変異 左側大腸がん 右側大腸がん
RAS変異 32.4% 41.3%
BRAF変異 4.3% 16.3%
エビデンス:メタ解析 出典:Bylsma LC, et al. Prevalence of RAS and BRAF mutations in metastatic colorectal cancer patients by tumor sidedness: A systematic review and meta-analysis. Cancer Med. 2020;9(3):1044-1057. doi:10.1002/cam4.2747
※観察研究を統合した数値であり、集団全体の傾向を示すものです。

つまり左側では、RASやBRAFの下流スイッチが入りっぱなしになっていない=EGFRの入り口を閉める意味が残っている人が、相対的に多いということです。この背景があるため、左側・RAS野生型・BRAF野生型の場合には、抗EGFR抗体薬を検討しやすい集団と考えられます。

これを実際の治療成績で裏づけたのがPARADIGM試験です。切除不能の進行・再発大腸がんでRAS野生型の患者を対象に、標準的な化学療法(mFOLFOX6)へ抗EGFR抗体薬パニツムマブを加える群と、抗VEGF抗体薬ベバシズマブを加える群を前向きに比較しました。左側原発の患者では、パニツムマブ群の全生存期間(中央値)が37.9か月、ベバシズマブ群が34.3か月で、抗EGFR抗体薬を加えた群で全生存期間の延長が示されています。

エビデンス:ランダム化第III相試験 出典:Watanabe J, Muro K, Shitara K, et al. Panitumumab vs Bevacizumab Added to Standard First-line Chemotherapy and Overall Survival Among Patients With RAS Wild-type, Left-Sided Metastatic Colorectal Cancer: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023;329(15):1271-1282. doi:10.1001/jama.2023.4428
※左側 ハザード比0.82、P=0.031。同試験の右側原発では抗EGFR抗体薬の上乗せは示されていません。

右側大腸がんとRAS/BRAF ― 同じ「野生型」でも話が変わる

右側大腸がんでは、RAS変異やBRAF V600E変異、MSI-H、CIMP-highといった特徴が比較的多くみられます。なかでもBRAF変異は、右側に偏って認められやすい分子異常です。

その理由のひとつが、鋸歯状病変を起点とする発がん経路(serrated pathway)です。この経路では、BRAF変異・DNAのメチル化・MLH1のメチル化・MSI-Hといった変化が連鎖して関わることがあります。BRAF変異とCIMP-high、鋸歯状病変の結びつきは、複数の研究で報告されています。

ここで注意したいのは、右側の場合、RAS/BRAFがそろって野生型であっても、左側ほど単純に「抗EGFR抗体薬が効きやすい」とは言えないという点です。原発部位はあくまで手がかりのひとつで、実際にはMSI、HER2、PIK3CA/PTEN、腫瘍微小環境、これまでの治療歴なども含めて、総合的に判断していく必要があります。

「RAS陰性・BRAF陰性」が重要とされる理由

RAS陰性・BRAF陰性というのは、少なくともMAPK経路の代表的な下流ドライバー変異が見つかっていない状態を意味します。入り口(EGFR)を閉めれば下流が止まる可能性が残っている=EGFRをふさぐことに意味が残っている、という状況です。とりわけ左側大腸がんでは、この「RAS/BRAF野生型」であることが、抗EGFR抗体薬を考えるうえで重要な条件になります。

ただし、RAS陰性・BRAF陰性なら必ず抗EGFR抗体薬が効く、というわけではありません。HER2増幅、MET増幅、EGFR細胞外ドメインの変異、PI3K経路の異常、EGFRリガンドの発現の違いなどによって、効果が限られることがあります。「野生型=効く」ではなく、「野生型=検討の土台に乗る」という理解が実際に近いと考えています。

RAS変異が陽性で抗EGFR抗体薬の対象から外れる場合 ― 免疫療法という選択肢

ここまで見てきたように、RAS変異が陽性の大腸がん(右側に多い)では、抗EGFR抗体薬の効果は原則として期待しにくくなります。そのとき、次の一手としてどのような選択肢がありうるでしょうか。ひとつの方向性として研究が進んでいるのが、変異したRAS(KRAS)タンパク質そのものを、免疫が狙う目印(ネオアンチゲン)として利用するアプローチです。

RAS変異は正常な細胞には存在しない、がん細胞に固有の変化です。理屈のうえでは、この変異部分を免疫に「敵の目印」として認識させることができれば、EGFRの下流が動き続けているRAS変異陽性のがんに対しても、抗EGFR抗体薬とは別の角度から攻める道筋になりえます。

実際、KRAS変異を標的としたネオアンチゲンワクチンについては、切除後の膵臓がん・大腸がんを対象とした第I相試験(AMPLIFY-201試験)で、ワクチン接種によりKRAS変異特異的なT細胞反応が誘導され、その反応の強さが無再発生存期間・全生存期間の改善と相関したことが報告されています。

エビデンス:第I相試験(探索的) 出典:Wainberg ZA, et al. Lymph node-targeted, mKRAS-specific amphiphile vaccine in pancreatic and colorectal cancer: phase 1 AMPLIFY-201 trial final results. Nat Med. 2025;31:3648-3653. doi:10.1038/s41591-025-03876-4(初回結果:Pant S, et al. Nat Med. 2024;30:531-542. doi:10.1038/s41591-023-02760-3)
※対象25例(膵臓がん20例・大腸がん5例)の小規模な第I相試験で、主要評価項目は安全性です。用いられているのはペプチドを用いたワクチン(アンフィファイル型)であり、樹状細胞を用いるワクチンとは異なる技術です。無再発生存・生存期間の相関は探索的な結果であり、大規模な比較試験で確認されたものではありません。

当院(プレシジョンクリニック)では、患者さま固有のがん抗原であるネオアンチゲンを用いた樹状細胞ワクチン療法に力を入れており、KRAS変異のあるがんについては、変異したKRASタンパク質そのものをネオアンチゲンとして標的にする設計も、患者さまのHLA型・変異タイプに応じて検討することがあります。これは、当院の複合免疫療法「SynerTri®(シナトリ/学術名 iCCI)」における〈アクセル〉=樹状細胞ワクチン療法の一つのバリエーションという位置づけです。SynerTri®は、この〈アクセル〉に加えて、免疫の〈ブレーキ解除〉として免疫チェックポイント阻害薬、腫瘍量を減らす〈スイッチ〉として局所療法を組み合わせ、進行がんでも免疫が働きやすい状況を段階的に整えていく考え方です。

大切なのはここからです。RAS変異が陽性だから、あるいはネオアンチゲンを標的にできるからといって、効果や治癒をお約束できるものではありません。ネオアンチゲンワクチンは研究段階の技術を含み、当院での提供も自由診療(保険適用外)です。適応の有無、期待できる効果、費用は、遺伝子検査の結果や全身状態をふまえて個別にご説明します。

この解釈の限界と、批判的にみておきたい点

ここまでの内容は査読論文にもとづいていますが、数値をそのまま個々の患者さんへ当てはめる前に、いくつかの前提と限界を押さえておく必要があります。

1変異率のメタ解析は、方法・地域・追跡期間の異なる観察研究を統合したものです。あくまで集団の傾向を示す数値であり、目の前の一人の治療判断を直接置き換えるものではありません。
2PARADIGM試験は日本で行われたオープンラベル試験で、化学療法はmFOLFOX6に限られています。全生存期間は延長した一方、無増悪生存期間には明確な差がありませんでした(左側でハザード比はほぼ1.0)。生存の差には後続治療の影響も含まれうる点は、慎重にみる必要があります。
3同試験では右側原発で抗EGFR抗体薬の上乗せは示されていません。「左側で示された結果」を右側に当てはめることはできません。
4「左側だから効く」はあくまで確率的な傾向です。近年は追加のバイオマーカーによって、左側・野生型のなかにも効きにくい群がありうることが指摘されています。原発部位は分子情報の“代替指標”にすぎず、本質はRAS/BRAF/HER2/MSIなどの分子情報にあります。
5右側・左側の境界(横行結腸や脾彎曲部の扱い)は試験ごとに定義が微妙に異なります。数値を比較するときは、その定義の違いにも留意が必要です。
6KRASネオアンチゲンワクチンのAMPLIFY-201試験はペプチドワクチンの第I相・小規模(25例)試験であり、樹状細胞ワクチンとは技術が異なります。生存期間の相関は探索的な結果で、無作為化比較試験による検証はまだありません。「免疫療法があるから安心」ではなく、あくまで研究段階の選択肢の一つとして捉える必要があります。

まとめ

大腸がんは、右側か左側かによって遺伝子変異の傾向と薬への反応性が変わります。左側ではRAS/BRAF野生型の割合が比較的高く、抗EGFR抗体薬を検討しやすい集団があります。右側ではRAS変異・BRAF変異・MSI-H・CIMP-highなどが多く、左側とは別の発がん経路を念頭に置く必要があります。RAS変異が陽性なら下流が自律的に活性化しているため抗EGFR抗体薬の効果は原則期待しにくく、その場合は、変異したRASタンパク質自体を標的にするネオアンチゲンワクチンなど、免疫療法の観点からの選択肢を検討することもあります。とはいえ、最終的な治療選択は、場所と分子情報(RAS・BRAF・MSI・HER2 など)を組み合わせ、これまでの経過もふまえて一人ひとり考えていくものです。

よくある質問

左側大腸がんのほうが抗EGFR抗体薬は効きやすいのですか?

RAS野生型の左側大腸がんでは、効果が期待されやすいと考えられています。ただし、すべての方に有効という意味ではありません。BRAF、HER2、MSI、これまでの治療歴なども含めて判断します。

RAS変異があると、なぜ抗EGFR抗体薬が効きにくいのですか?

RASはEGFRの下流にある増殖シグナルの中継点です。ここに活性化変異があると、入り口のEGFRを止めても下流のシグナルが動き続けてしまうため、抗EGFR抗体薬の効果が出にくくなります。

BRAF変異は右側大腸がんに多いのですか?

はい。BRAF変異、特にBRAF V600Eは右側に多い傾向があります。鋸歯状病変・CIMP・MLH1メチル化・MSI-Hなどと関連する発がん経路が背景にあると考えられています。

RAS陰性・BRAF陰性なら、抗EGFR抗体薬は必ず効きますか?

必ず効くわけではありません。RAS/BRAF野生型は重要な条件ですが、HER2増幅、MET増幅、PIK3CA/PTEN異常、腫瘍微小環境など、ほかの因子も効果に関係します。

RAS変異陽性で抗EGFR抗体薬が使えない場合、ほかにどんな選択肢がありますか?

標準治療の枠組みでは、化学療法や抗VEGF抗体薬などが引き続き選択肢になります。それに加えて、変異したRASタンパク質自体を目印にするネオアンチゲンワクチンなど、免疫療法の観点からの研究が進んでいます。当院では樹状細胞ワクチン療法を含む複合免疫療法(SynerTri®)の枠組みでこうした選択肢を個別に検討することがありますが、研究段階の技術であり、効果をお約束するものではありません。

※本記事は一般的な医学情報の解説であり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。治療の効果や適応には個人差があり、実際の治療はRAS・BRAF・MSIなどの検査結果や全身状態をふまえ、主治医とご相談のうえで決定されます。文中で扱う薬剤・治療の適応や標準治療の位置づけは変わることがあります。免疫療法(樹状細胞ワクチン療法・ネオアンチゲンワクチンを含む)は保険適用外の自由診療であり、研究段階の技術が含まれます。すべての患者さまに同様の効果が得られるとは限りません。

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監修医師:岡崎 能久医師

監修医師

岡崎 能久医師

内視鏡診断/治療・研究開発

大阪大学医学部を卒業後、同大学院の修士課程を終了したのち、関西地方を中心に医療に従事、現在はプレシジョンクリニック名古屋院長として活躍中。専門は内視鏡診断および治療・研究開発。日本内科学会認定医や日本消化器病学会専門医、日本医師会認定産業医などの認定医を保有。

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