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TOP 用語集 RAS(ラス遺伝子)|KRAS・NRAS・HRASを含むがんの代表的ドライバー

2026.7.2

RAS(ラス遺伝子)|KRAS・NRAS・HRASを含むがんの代表的ドライバー

この記事でわかること
RAS(ラス)とは何か ― 細胞増殖の「スイッチ」を担う遺伝子ファミリー
KRAS・NRAS・HRASの違いと、なぜKRASが最も重要とされるのか
RAS変異が「スイッチの入りっぱなし」を起こす仕組み(コドン12・13・61)
がん種別のRAS変異の頻度と、抗EGFR抗体薬・RAS阻害薬との関係

DEFINITION
RAS(ラス)とは、細胞の増殖シグナルを「オン・オフ」する切り替えスイッチの役割を持つ遺伝子ファミリーの総称です。KRAS・NRAS・HRASの3種類があり、変異が起こるとスイッチがオフに戻らなくなり、がん細胞が増え続ける原因になります。ヒトのがんのなかで最も高頻度に変異する遺伝子群のひとつで、なかでもKRASの変異が大部分を占めます。

がんの遺伝子検査(がん遺伝子パネル検査)を受けると、「RAS」「KRAS」「NRAS」といった名前を目にすることがあります。名前が似ていて混乱しやすいので、まずはRASという“ファミリー”の全体像を整理し、そのうえで個々の遺伝子との関係を見ていきます。

RASとは ― 細胞増殖の「スイッチ」

RASは、細胞の表面にある受容体(EGFRなど)が受け取った「増えろ」という指令を、細胞の内側へ伝える中継役です。スイッチが必要なときだけオンになり、役目を終えるとオフに戻る――この切り替えによって、細胞は適切なタイミングでだけ増殖します。専門的には、RASタンパク質はGTPと結合するとオン、GDPに変わるとオフになる「小さなGTPアーゼ」と呼ばれる分子です。

ところがRAS遺伝子に活性化変異が起こると、このスイッチがオフに戻れなくなり、増殖の指令が出っぱなしになります。上流のEGFRなどが刺激されていなくても、RASから下流へシグナルが流れ続けるため、がん細胞が制御を失って増え続けます。RASから下流は「RAF/BRAF → MEK → ERK」というMAPK経路へとつながっており、この流れ全体が細胞の増殖・生存を担っています。

KRAS・NRAS・HRASの違い

RASファミリーには、染色体上の異なる場所にコードされた3つの遺伝子があります。構造はよく似ていますが、がんでの変異のしやすさや、多く関わるがん種が異なります。

遺伝子 RAS変異に占める割合 多く関わるがん種
KRAS 約85% 膵臓がん・大腸がん・肺腺がん など
NRAS 約12% 悪性黒色腫(メラノーマ)・血液がん など
HRAS 約3% 頭頸部がん・膀胱がん など(比較的まれ)
エビデンス:総説・大規模解析 出典:Simanshu DK, et al. RAS Proteins and Their Regulators in Human Disease. Cell. 2017;170(1):17-33. doi:10.1016/j.cell.2017.06.009/Prior IA, et al. The Frequency of Ras Mutations in Cancer. Cancer Res. 2020;80(14):2969-2974. doi:10.1158/0008-5472.CAN-19-3682
※割合は解析対象・がん種構成により幅があります。RAS変異全体では全がんの約2〜3割で認められると報告されています。

3つのうち、がん治療の現場で圧倒的に多く問題になるのがKRASです。そのため「RAS変異」と言うとき、実際にはKRAS変異を指していることが少なくありません。KRASそのものや、G12C・G12D・G12Vといった変異の“型”ごとの違い・治療薬については、別ページで詳しく解説しています。

RAS変異が起こる場所 ― コドン12・13・61

RASの活性化変異の多くは、遺伝子のなかの特定の“ホットスポット”に集中しています。とくにコドン12・13・61と呼ばれる位置での変異が大部分を占めます。これらの位置が変わると、RASがGTPを分解してオフに戻る能力が失われ、スイッチが入りっぱなしになります。

大腸がんでは、抗EGFR抗体薬(セツキシマブ・パニツムマブ)を検討する前に、これらのコドンを含むRAS(KRAS/NRAS)の変異の有無を調べます。変異が見つかった場合、EGFRの入り口をふさいでも下流のRASが自律的に動き続けるため、抗EGFR抗体薬の効果は原則として期待しにくくなります。

がん種別のRAS変異の頻度

RAS変異の頻度は、がんの種類によって大きく異なります。代表的なものを挙げると次のとおりです。

がん種 RAS(主にKRAS)変異の頻度の目安
膵臓がん 約90%
大腸がん 約40〜45%
肺腺がん(非小細胞肺がん) 約30%
エビデンス:総説 出典:Prior IA, et al. Cancer Res. 2020;80(14):2969-2974. doi:10.1158/0008-5472.CAN-19-3682/KRASの分子疫学:Timár J, Kashofer K. Cancer Metastasis Rev. 2020;39(4):1029-1038. doi:10.1007/s10555-020-09915-5
※数値は報告・検査法により幅があります(例:大腸がんは概ね40〜45%)。

RASと治療 ― 「標的にできない」から「できる」へ

RAS変異は長年「薬で標的にできない(アンドラッガブル)」とされてきました。スイッチそのものの形状が薬を結合させにくかったためです。しかし2021年以降、特定の変異型(まずKRAS G12C)を直接ねらうRAS阻害薬が登場し、状況が変わりつつあります。変異の型ごとに開発が進んでおり、承認薬・治験・研究段階の薬剤が混在している段階です。

当院(プレシジョンクリニック)では、RAS変異がんに特化した専門外来を設け、変異の「型」を起点に、承認薬・治験・研究段階の薬剤・免疫療法の観点から確認すべき選択肢を整理しています。また、変異したRASタンパク質そのものを免疫の標的(ネオアンチゲン)とする樹状細胞ワクチン療法など、免疫療法の観点からのアプローチも検討することがあります。いずれも効果をお約束するものではなく、研究段階の技術を含みます。

よくある質問

RASとKRASは何が違うのですか?

RASはKRAS・NRAS・HRASを含む遺伝子ファミリーの総称で、KRASはそのなかの一つです。がんで最も多く変異するのがKRASのため、「RAS変異」が実際にはKRAS変異を指していることも多くあります。

RAS変異があると、なぜがんになりやすいのですか?

RASは細胞増殖のスイッチです。活性化変異が起こるとスイッチがオフに戻れなくなり、増殖の指令が出っぱなしになるため、細胞が制御を失って増え続けます。

RAS変異があると抗EGFR抗体薬は効きませんか?

大腸がんでは、RAS変異が陽性の場合、抗EGFR抗体薬の効果は原則として期待しにくいと考えられています。EGFRの入り口を止めても、下流のRASが自律的に動き続けるためです。

RAS変異に効く薬はありますか?

2021年以降、KRAS G12Cなど特定の変異型を直接ねらうRAS阻害薬が登場しています。使える薬は変異の型・がん種・治療歴によって異なり、承認薬・治験・研究段階のものが混在します。まず遺伝子検査で型を確認することが出発点です。

※本記事は一般的な医学情報の解説であり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。RAS変異の有無や治療の適応は遺伝子検査の結果・がん種・全身状態によって異なり、実際の治療は担当医とご相談のうえで決定されます。文中で扱う薬剤の承認・治験の状況は変わることがあり、研究段階・適応外の治療には効果が確立していないものが含まれます。免疫療法(樹状細胞ワクチン療法等)は保険適用外の自由診療です。治療効果には個人差があります。

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