投稿日:2026.5.6/更新日:2026.11.6
この記事でわかること
p53樹状細胞ワクチンにATRAを足した第II相試験は、免疫の指標では狙いどおりに動き、臨床の指標では動きませんでした。これは失敗談ではなく、「免疫応答を上げること」と「がんを小さくすること」の間に何が挟まっているのかを、無作為化という形で記録に残した数少ない試験です。当院が樹状細胞ワクチン療法と腫瘍微小環境(TME)解析を同時に行っている理由も、この乖離の中にあります。原著3本の数値をそのまま並べて読み解きます。
話は2006年にさかのぼります。米国モフィットがんセンターのAntoniaらは、進展型小細胞肺がんの患者さま29名に、野生型p53遺伝子をアデノウイルスベクターで導入した樹状細胞ワクチン(Ad.p53-DC)を2週間隔で投与しました。p53に特異的なT細胞応答が出たのは57.1%。ワクチン単独で腫瘍が縮んだのは1名だけでした。
ここまでなら、よくある結果です。この試験が後の10年を決めたのは、別の2つの観察でした。ひとつは、ワクチンのあとに行った化学療法の奏効率が61.9%に達したこと。そしてもうひとつ――免疫応答が出なかった患者さまでは、血液中に未熟な骨髄系細胞がたまっていた、ということです。
つまり、ワクチンが届かなかったのではない。届く先の土壌が、あらかじめ塞がれていた。そう読める観察でした。
骨髄由来抑制細胞(MDSC)とは:がんがあるときに骨髄で過剰に作られ、成熟しきらないまま免疫を抑え込む働きを持つようになった白血球の集団です。顆粒球系(PMN-MDSC)と単球系(M-MDSC)の2つに大きく分かれ、T細胞の働きを抗原特異的にも非特異的にも止めます。ヒトでは Lin⁻HLA-DR⁻CD33⁺ や CD11b⁺CD14⁻CD33⁺ といった表面マーカーの組み合わせで捉えますが、がん種によって最適なマーカーが変わるという厄介さがあります。
出典:Gabrilovich DI, et al. Nat Rev Immunol. 2012;12(4):253-268. DOI: 10.1038/nri3175
MDSCの量が進行度と相関することは、膀胱がん、膵臓癌(膵臓がん)、腎細胞がんなどで繰り返し報告されてきました(膵臓癌に免疫療法が効きにくい理由)。ただし当時、「MDSCを減らせばワクチンが効くようになるのか」をヒトで直接確かめた研究はありませんでした。Iclozanらの2013年の論文は、その問いに答えるために設計されています。
減らす道具として選ばれたのが、ATRAでした。
ATRA(全トランス型レチノイン酸)とは:ビタミンAの活性代謝物のひとつで、一般名はトレチノイン、国内の販売名はベサノイド®カプセル10mgです。核内のレチノイン酸受容体(RAR)に結合し、RXRと複合体を作ってDNA上の応答配列に結合し、分化にかかわる遺伝子群の転写を動かします。国内で承認されている効能・効果は急性前骨髄球性白血病のみで、固形がんへの使用は承認の範囲外です。
出典:ベサノイドカプセル10mg 添付文書(チェプラファーム株式会社)/PMDA医療用医薬品情報
この転用には筋が通っています。急性前骨髄球性白血病の細胞と、がん患者さまに増えるMDSCは、どちらも前骨髄球に似た未熟な骨髄系細胞という共通点を持つからです。実際にATRAは、顆粒球系MDSCにはアポトーシスを起こし、単球系MDSCはマクロファージや樹状細胞へ成熟させる方向に働きます。その分子的な中身として、MDSC内のグルタチオン合成酵素とグルタチオンが増え、活性酸素種が下がることで分化が進む、という経路が示されています。
投与スケジュールにも根拠がありました。腎細胞がんの患者さまを対象とした先行研究で、短期間のATRA投与によるMDSC減少が少なくとも2週間持続することが確認されていたため、本試験では各ワクチンの前日から3日間だけ、150 mg/m²という間欠投与が採用されています。毎日飲み続ける設計ではありません。
試験(NCT00617409)は、プラチナ併用療法を4〜6コース終えて進行していない進展型小細胞肺がんの患者さまを、1対1対1で3群に割り付けました。A群は経過観察、B群はワクチン単独、C群はワクチン+ATRAです。全員が進行時にパクリタキセル(商品名:タキソール®)による二次治療を受ける設計でした。
ここが、この試験の読み方を決める一点です。主要評価項目に置かれたのは、ワクチンの奏効率ではなく、ワクチンのあとに行う二次化学療法の奏効率でした。2006年の試験で観察された61.9%という数字を、前向きに検証しようとしたからです。過去の対照データから25%を「追う価値なし」、50%を「追う価値あり」と置き、Simonの2段階デザインで判定する――そういう組み立てになっています。
| 項目 | Antonia 2006 | Iclozan 2013(免疫解析) | Chiappori 2019(最終) |
|---|---|---|---|
| デザイン | 単群・第I/II相 | 無作為化第II相の中間解析 | 同試験の最終報告 |
| 対象 | 進展型小細胞肺がん 29名 | 第1段階56名/免疫解析41名 | 無作為化69名(同意78名) |
| 群構成 | なし | A 14/B 15/C 12 | A 18/B 20/C 31 |
| 主要評価項目 | 安全性・免疫応答 | (免疫学的評価の報告) | 二次化学療法の奏効率 |
| 主な結果 | 免疫応答57.1%/後続化学療法61.9% | MDSC半減・応答41.7%(C群) | 奏効率に群間差なし・生存も同等 |
登録は2007年10月から2013年12月まで、6年以上かかりました。78名が同意し、9名が不適格で、69名が無作為化されています。
まずMDSCです。治療前の値は3群で差がありませんでした。ワクチン単独のB群では投与後も比率が動きません。ところがATRAを足したC群では、Lin⁻HLA-DR⁻CD33⁺のMDSCが2分の1以下に減りました(p=0.02)。もうひとつの定義であるCD11b⁺CD14⁻CD33⁺でも、減り幅は小さいものの統計学的には有意でした(p=0.03)。
同時に測られた従来型樹状細胞と制御性T細胞(Treg)は、どちらも変化していません。著者らはこれを想定内と書いています。動物実験でATRAがTregを増やすのは長期連続投与の場合で、3日間の短期コースを3回だけという本試験の設計では起きないだろう、という読みです。間欠投与という設計判断が、ここで効いています。
次にT細胞応答。IFN-γ ELISPOTで、「2×10⁵個あたり30スポット超」かつ「対照ウイルスより2SD超」かつ「ベースラインより2SD超」という3条件をすべて満たした場合を陽性としました。厳しめの基準です。
治療前、陽性者はひとりもいませんでした。経過観察のA群は最後まで0/14。ワクチン単独のB群は3/15で20%、対照との差は有意になりません(p=0.22)。ATRAを足したC群は、中間解析の時点で5/12、41.7%。対照との差は有意でした(p=0.012)。最終報告では評価例数が増え、B群3/15=20.0%(95%CI 5.3〜48.6)、C群10/23=43.3%(95%CI 23.9〜65.1)となっています。
細胞傷害性の指標も動きました。グランザイムB陽性のCD8⁺T細胞の比率が上がったのは、C群だけです。B群では上がりませんでした。IFN-γ陽性のCD4⁺・CD8⁺はどちらの群でも増えているので、「T細胞が反応したか」ではなく「殺す道具を持ったか」の部分にATRAの差が出たと読めます。
| 指標 | A群(観察) | B群(ワクチン) | C群(+ATRA) |
|---|---|---|---|
| MDSC(Lin⁻HLA-DR⁻CD33⁺) | — | 変化なし | 2分の1以下(p=0.02) |
| p53特異的応答(中間解析) | 0/14(0%) | 3/15(20%・p=0.22) | 5/12(41.7%・p=0.012) |
| p53特異的応答(最終) | 0/5 | 3/15(20.0%) | 10/23(43.3%) |
| グランザイムB⁺CD8⁺T細胞 | — | 上昇せず | 上昇 |
| Treg・従来型樹状細胞 | — | 有意な変化なし | 有意な変化なし |
応答が出た8名について時間を追った解析もあります。2名では1年を超えて応答が持続し、別の2名では6〜8か月続きました。注意したいのは、この4名はいずれも進行しておらず二次化学療法も受けていないのに、応答がゆっくり下がっていったという点です。抗がん剤が免疫を消したわけではありません。
測定上の限界も著者自身が書いています。凍結融解の過程でMDSCの60%以上が失われるため、本試験で検出されたMDSCの比率は実際より低く出ている可能性がある、と。顆粒球系MDSCは凍結に弱いことが複数のグループから報告されています。
2019年の最終報告は、同じ試験の臨床成績を扱っています。
主要評価項目である二次化学療法の奏効率は、A群15.4%(95%CI 2.7〜46.3)、B群16.7%(2.9〜49.1)、C群23.8%(9.1〜47.5)。数値としてはC群が最も高いものの、事前に置いた50%には届かず、群間に統計学的な差もありませんでした。ワクチンそのものへの奏効は45名中1名(2.2%)、病勢安定が12名(26.7%)です。
生存でも差は出ませんでした。それどころか、統計学的有意差はないものの、全生存期間は対照のA群が数値上は一貫して最も良好でした。免疫応答の有無で分けた比較でも、陽性9.2か月/陰性9.3か月(p=0.250)とほぼ重なります。
著者らはこの結果を、自分たちの設計の問題として率直に書いています。主要評価項目を「ワクチンのあとの化学療法」という後ろの位置に置いたため、そこへたどり着く前に多くの患者さまが脱落したのです。第1段階だけで20名(A 5/B 7/C 8)が救援化学療法を受ける前に亡くなり、その多くは脳転移を発症して次の治療に耐えられる状態まで回復しませんでした。さらに、施設外で二次治療を受けた患者さまの一部はプロトコルどおりのパクリタキセルではなく別の薬剤を使っています。
脱落を補うために登録数を増やしたことが、今度は選択バイアスを招いた可能性も著者らは挙げています。対照群の生存期間中央値が、過去に報告された他の試験や治療レジメンの成績を上回っていた点が、その傍証です。
| 臨床指標 | A群(観察) | B群(ワクチン) | C群(+ATRA) |
|---|---|---|---|
| 二次化学療法の奏効率 | 15.4%(2/13) | 16.7%(2/12) | 23.8%(5/21) |
| 95%信頼区間 | 2.7〜46.3 | 2.9〜49.1 | 9.1〜47.5 |
| 全生存期間 | 数値上は最良 | 群間に有意差なし | 群間に有意差なし |
| グレード3の有害事象 | — | 1名(倦怠感) | 8名(うち頭痛3名) |
| 頭痛(全グレード) | — | 0% | 22/31(71.0%) |
生存曲線が重なるなかで、著者らが残した観察があります。免疫応答が陽性だった患者さまの生存曲線は後半で寝る形になり、そこから5年を超える長期生存者が3名出ました。うち2名は一度も進行せず、二次化学療法を受けないまま、小細胞肺がん以外の原因で亡くなっています。
対して、免疫応答が陰性だった患者さまは全員が病勢進行で亡くなりました。
症例数が少ないので、この差だけで何かを結論づけることはできません。ただ、中央値が同じでも曲線の裾が違う――という形は、免疫療法の試験でくり返し観察されてきたものです。平均を見る設計では、こぼれ落ちます。
乖離の説明には、少なくとも4通りの読み方が立ちます。どれが正しいかを決める材料は、この試験の中にはありません。以下は原著の記述と周辺の文献から整理した解釈であり、当院の推論を含みます。
減らしたのは末梢血のMDSCです。T細胞が仕事をするのは腫瘍の中です。血液中のMDSCが半分になっても、腫瘍内の抑制環境が同じだけ緩むとは限りません。本試験では腫瘍組織側のMDSCやT細胞浸潤は測られていません。ここは構造的な空白です(腫瘍微小環境という壁について)。
MDSCを外しても、TregやM2マクロファージ、PD-L1、IDO、線維性の間質といった別の障壁が残ります。実際この研究チームも、最終報告の結論でATRA単独ではなく免疫チェックポイント阻害薬との併用へ舵を切ると書いています。ひとつの抑制機構を外して効果が出るなら話は早いのですが、そうはなりませんでした。
このワクチンが積んでいるのは野生型のp53です。変異型ではありません。小細胞肺がんの約90%にTP53変異があり、そのうち約90%で変異p53タンパクが過剰に蓄積するため、腫瘍細胞の表面には野生型配列由来のペプチドも多く提示されるはずだ――という理屈に立っています。正常細胞では提示量が少ないので選択性が保たれる、という設計です。
理屈は通っていますが、自己抗原であることに変わりはありません。胸腺で高親和性のT細胞が除かれているため、残っているTCRの親和性には上限があります。ネオアンチゲンのように「胸腺を通っていない配列」とは、出発点が違います。この点は当院の設計と直接かかわるので、後段であらためて取り上げます。
ここが、この薬をいちばん慎重に扱うべき理由です。2026年のレビューは、ATRAの作用を「骨髄系の抑制を解除する側」から「免疫寛容を強める側」まで幅のあるものとして整理しています。レチノイン酸はTGF-β依存のFoxp3誘導を試験管内で増強します。腫瘍由来のレチノイン酸は抑制性の単球分化を促します。さらに――樹状細胞ワクチンの文脈で見過ごせないのは、樹状細胞自身のALDH1A2によるレチノイン酸の自己分泌がワクチン活性を制限しており、ALDH1A2を阻害するとワクチンが効くようになったという報告です。胃がんのモデルではATRAがPD-L1を上げ、活性化T細胞による殺傷を下げ、抗PD-L1抗体の効果を弱めました。
同じ分子が、場所と量と時間によって逆向きに働く。本試験が「3日間だけ」という間欠投与を選んだことは、結果的にこのリスクを下げる方向に働いた可能性があります。もっとも、それを直接確かめた比較はありません。
2019年の論文は、次の一手を明示して終わっています。再発した小細胞肺がんを対象に、Ad.p53-DCをイピリムマブ(商品名:ヤーボイ®)とニボルマブ(商品名:オプジーボ®)に組み合わせる第II相試験(NCT03406715)を開始した、と。前の2試験の反省から、免疫組織化学でp53陽性腫瘍細胞が50%以上という条件で患者さまを絞り込み、腫瘍遺伝子変異量(TMB)の測定も組み込まれていました。バイオマーカーで選ぶ設計です。
この試験は、登録14名で中止(terminated)となっています。公開されている登録情報に中止理由の記載はありません。結果の報告も見当たりません。
同じ樹状細胞ワクチンを、IDO経路を阻害するインドキシモド(開発コード:NLG-8189・国内未承認)と組み合わせた第1/2相も行われました。転移性乳がんを中心とした試験です。スクリーニングに同意した194名のうち96名がp53免疫染色陰性で脱落し、最終的に治療を受けたのは39名でした。p53反応性のCD8⁺IFN-γ⁺細胞が10%以上増えたのは23名中7名(30%)。ワクチン投与中の客観的奏効はゼロで、事前に置いた20%の基準を満たしませんでした。
ただし、この試験でも2006年と同じ影が見えています。ワクチン後に次の治療を2コース以上受けた22名のうち9名(40%)に臨床的有益が得られ、うち1名は5次治療のカルボプラチン+ゲムシタビンで完全奏効に至りました。化学療法の感受性が上がっているのではないか――という仮説を、著者らは今後の検証課題として残しています。
p53を標的にする免疫療法の系譜は、樹状細胞ワクチンの外にも広がりました。合成長鎖ペプチド(p53-SLP)は大腸がんや卵巣がんで試され、T細胞応答はほぼCD4⁺に偏り、臨床効果は病勢安定どまりでした。改変ワクシニアウイルス(p53MVA)はゲムシタビン併用で無増悪生存の延長が報告され、ペムブロリズマブとの併用ではトリプルネガティブ乳がんの1例に完全奏効が記録されています。
方向が変わったのは、変異型p53そのものを狙う流れです。R175H、Y220C、G245Sといったホットスポット変異に特異的なTCRが患者さまの腫瘍浸潤リンパ球から分離され、TCR遺伝子導入T細胞による治療が試みられています。あるレビューの推計では、現時点でこの方法の恩恵を受けうるのは全がん患者のおよそ4%とされています。HLA型とホットスポット変異の両方が合う必要があるためです。
| アプローチ | 対象 | 例数 | 到達点 |
|---|---|---|---|
| Ad.p53-DC単独 | 小細胞肺がん | 29 | 免疫応答57.1%/後続化学療法の奏効61.9% |
| Ad.p53-DC+ATRA | 小細胞肺がん | 69(無作為化) | 免疫応答は倍増/奏効率・生存は群間差なし |
| Ad.p53-DC+インドキシモド | 転移性乳がん等 | 39 | 応答拡大30%/ワクチン中の奏効なし |
| Ad.p53-DC+イピリムマブ+ニボルマブ | 再発小細胞肺がん | 14 | 中止。結果の公表なし |
| p53-SLP(合成長鎖ペプチド) | 大腸がん・卵巣がん | 9〜18 | 応答はCD4⁺優位/臨床効果は病勢安定どまり |
| 変異型p53特異的TCR導入T細胞 | 固形がん(横断) | 症例単位 | R175H症例で6か月の退縮/適合は推計約4% |
ATRAを免疫療法に足す試みも続いています。抗PD-1抗体の治療を受けていない悪性黒色腫24名にペムブロリズマブとATRAを併用した単群試験では、奏効率71%、完全奏効50%、5年全生存率54.7%が報告されました。単群なので、ATRAの寄与分は切り分けられません。同じ併用を抗PD-(L)1抵抗性の悪性黒色腫20名に行ったKEYMAKER-U02Aコホートでは、奏効は0/20で拡大の基準を満たしませんでした。
膵臓癌では、ATRAをゲムシタビン+nab-パクリタキセルに足すSTARPAC試験が行われ、推奨用量で評価可能だった15名の全生存期間中央値は11.7か月でした。無作為化のSTARPAC2は進行中です。免疫療法との併用ではなく、星細胞の活性化を抑えて間質を変える狙いの試験です。
積み上がってきた報告を並べると、ATRAが何かを動かすこと自体は繰り返し確認されています。動かした先が臨床効果につながるかは、組み合わせる相手と対象の選び方次第――というのが、現時点で言える範囲です。
TP53は、ヒトのがんでもっとも高頻度に変異する遺伝子です。がん全体のおよそ半数で変異が見つかり、がん種によって10%から90%まで幅があります。小細胞肺がんは約90%と、その上限に近い位置にあります。
登録されている変異は7,000種類を超えますが、分布は均一ではありません。DNA結合ドメインにある9つのホットスポットだけで、非同義の一塩基変異の最大30%を占めます。COSMICのデータでは R175H が5.5%、Y220C が2.8%、G245S が1.6%です。
この偏りが、2つの戦略を分けます。ホットスポットを狙うTCR療法は「配列が合う人にだけ、強く効く可能性がある」方向。野生型p53を積んだ樹状細胞ワクチンは「変異の種類を問わず、p53が過剰に溜まっている腫瘍であれば対象になりうる」方向です。後者の裾野は広いものの、親和性に上限があります。共通抗原を土台に置く考え方は、WT1を使う場合や腫瘍関連抗原の選び方と同じ構造です。
2つの試験が共通して採用した絞り込みが、免疫組織化学によるp53の発現確認でした。乳がんの試験ではスクリーニング同意者194名のうち96名がこの時点で外れています。約半数です。遺伝子変異の有無だけでなく、タンパクが実際に蓄積しているかを病理で見る――この工程が、標的として成立するかどうかの分かれ目になっています。
ここまで読んできた試験が樹状細胞に積んでいたのは、野生型のp53でした。当院がp53を扱うときは、ネオアンチゲンとして――つまり変異した側の配列を標的にしています。
この違いは、出発点を変えます。野生型p53は自己の配列です。胸腺での選択を通っているため、高い親和性を持つT細胞はあらかじめ除かれています。残っているTCRの親和性には上限がある。試験が「腫瘍細胞では蓄積量が多い」という量の差で選択性を確保しようとしたのは、そのためです。
変異部位を含む配列は、胸腺を通っていません。中枢性トレランスの対象外です。これがネオアンチゲンという言葉の中身にあたります。
ただし、変異があれば自動的に標的になるわけではありません。ここは正確に書いておきます。
p53ネオアンチゲンとは:TP53に生じた変異によって、もとのタンパク質には存在しなかったアミノ酸配列ができ、それがHLAに載って提示されたものを指します。TP53の変異は7,000種類以上が登録されていますが、分布は均一ではありません。DNA結合ドメインにある9つのホットスポットだけで、非同義の一塩基変異の最大30%を占めます。COSMICのデータではR175Hが5.5%、Y220Cが2.8%、G245Sが1.6%。実際にT細胞受容体が分離されているのは、HLA-A*02:01に提示されるR175H由来の配列などです。
出典:Savostyanova TA, et al. Front Immunol. 2026;17:1762679. DOI: 10.3389/fimmu.2026.1762679
成立には2つの条件があります。変異した残基が、提示されるペプチドの中に入ること。そしてその配列が、患者さまのHLAに結合すること。1アミノ酸の置換が必ず提示につながるわけではありません。あるレビューの推計では、ホットスポット変異とHLA型の両方が合うのは固形がん患者のおよそ4%とされています。
その代わりに、ひとつ有利な性質があります。TP53のホットスポットは患者さまをまたいで繰り返し現れるため、完全に個別の変異を追う一般のネオアンチゲンとは違い、同じ設計が別の患者さまにも使える場面があります。共有される(public)ネオアンチゲンと呼ばれる性質です。
誤解のないように書き添えます。変異型を標的にするほうが野生型より優れていることを示した比較試験は、現時点でありません。理屈の上で出発点が違うという話であって、臨床成績で上回ることが確かめられたわけではありません。
当院の実例
解析の工程ではなく、組織検体の確保で止まる
当院のネオアンチゲン解析では、遺伝子パネルから候補を絞る工程――組織量、腫瘍含有率、HLAタイピング、候補が0件にならないかの確認――はすべて自前で行っています。p53を標的にする場合も、この工程を通して変異と患者さまのHLAの組み合わせを確認します。実務で詰まるのはそこではなく、組織検体の確保です。すでに診断のために採られた標本が、設計に使える量と質で残っているかどうか。ここが最初の関門になります。
同じ制約は再評価にも効きます。ネオアンチゲンと腫瘍微小環境は組織の解析で評価していますが、2回目の組織を採ることは現実には多くありません。そのため治療後の再評価は、血液で追う方法を現実的な選択肢として考えています。血液の値が腫瘍内をそのまま代表するわけではない――この記事で見たATRAの試験が突き当たった限界と、同じ構造の問題がここにもあります。
※当院の診療上の運用であり、治療効果を示すものではありません。実施内容は患者さまの状況により異なります。
抗原の積み方にも違いがあります。この試験のAd.p53-DCは、アデノウイルスベクターで遺伝子を導入し、樹状細胞にp53を作らせる方式です。当院が樹状細胞に取り込ませているのは、自己腫瘍組織(ライセート)、長鎖ペプチド、タンパク質で、mRNAは使っていません。加えて、CD4エピトープ(MHCクラスII拘束の長鎖ペプチド)を設計に組み込む独自技術「HKHELP」を創業当初から用いています。ベクターを使わない分、繰り返し投与でベクター自体に対する抗体ができて効きにくくなるという問題は生じにくい設計です。
当院の抗原ローディングは、貪食させる方式を標準とし、希望される方に貼り付ける方式を追加する運用です。個別に設計したネオアンチゲンのペプチドは、貼り付ける方式で使っています。
ここから先は、確立した使い分けの基準があるわけではなく、変異型p53を扱うときに設計上どう考えているかという話です。
短いペプチドをHLAへ直接載せる貼り付け方式には、狙った配列がそのまま提示される確実さがあります。その代わり、切り出す長さとアンカー残基を外せば提示されません。変異が1アミノ酸の置換である以上、どの9〜10残基を取るかで結果が変わります。設計の精度がそのまま結果に出る方式です。
長鎖ペプチドとして取り込ませる方式は、樹状細胞の内部でプロセシングを経るため、切り出し位置を細胞側に委ねられます。クラスIとクラスIIの両方に乗る可能性も残ります。当院が創業当初からCD4エピトープを設計に組み込んできたことを踏まえると、変異部位を含む長鎖ペプチドを取り込ませる経路にも理屈は立つと考えています。
抗原によって事前確認の扱いも変えています。MAGE-Aは免疫組織化学で腫瘍での発現を確認したうえでペプチドを設計し、確認できなければ設計に入れません。対してWT1は発現をIHCで事前確認せず、多くのがんで高発現する共通標的として治療の土台に置き、HLA型に合わせてクラスI拘束とクラスII拘束のヘルパーペプチドを患者さまごとに設計して併用します。p53は、この2つとはまた別の扱いになります。変異そのものが標的なので、確認すべきは発現量ではなく配列とHLAの組み合わせだからです。
ここも分岐になります。ホットスポットに限れば、T細胞受容体が実際に分離されている配列を使えます。R175HとHLA-A*02:01の組み合わせのように、提示が確認されているものがある。設計の確からしさは上がります。その代わり、対象はごく狭くなります。固形がん患者のおよそ4%という推計は、その狭さを表した数字です。
患者さまごとの変異を追えば、対象は広がります。ただし一つひとつの候補は、提示が確認されていない予測の段階にとどまります。先に挙げたレビューは、腫瘍浸潤リンパ球から得られた細胞で変異型p53への反応性が低かったことにも触れています。予測と実際のあいだには、まだ開きがあります。
どちらが正しいという話ではなく、確からしさを取るか到達範囲を取るかという設計判断だと考えています。当院のネオアンチゲン解析は、遺伝子パネルの結果から患者さまごとに候補を立て、候補が0件にならないかを確認する工程を踏んでいます。あらかじめ決めた変異のリストに当てはめる作り方ではありません。
紹介した2つの試験は、p53を「発現を確認してから」の側に置きました。乳がんの試験ではスクリーニング同意者194名のうち96名がIHC陰性で外れ、小細胞肺がんの後続試験ではp53陽性腫瘍細胞50%以上という基準まで引き上げています。絞り込みは理にかなっていますが、絞り込んでも奏効率は動きませんでした。標的の確からしさを上げるだけでは足りない――そこが、この一連の試験がいちばんはっきり示した点だと考えています。
この試験でATRAが外しにきたのは、骨髄系の抑制でした。同じ試験で制御性T細胞も測られていて、そちらは動いていません。従来型樹状細胞も変わりませんでした。著者らは、3日間の短期コースを3回という設計なら想定内だと書いています。裏を返せば、Tregという抑制の軸はそのまま残っていたということです。
当院は、Tregや線維化といった腫瘍微小環境の課題にも取り組んでいます。免疫側とがん側の両輪がそろわなければ、進行がんの免疫療法は完結しないと考えているためです。
線維化は、とりわけ膵臓癌で壁になります。がん関連線維芽細胞がつくるコラーゲンの層が、薬も免疫細胞も通しにくくする。この城壁を薄くすることが攻略の第一歩だと考えています。免疫細胞が腫瘍の中に入れているかどうか――腫瘍浸潤リンパ球(TIL)があるかどうかが、成否を分けます。
付け加えておくと、この記事の主役であるATRAも、別の文脈では線維化の軸で試されています。膵臓癌で星細胞の活性化を抑える狙いのSTARPAC試験がそれです。同じ薬が、骨髄系の抑制を外す道具としても、間質を変える道具としても検討されてきた。腫瘍微小環境への介入が一本道ではないことを、よく表しています。
ここでも同じ注意が要ります。Tregや線維化へ介入すれば治療成績が上がることを示した比較試験は、当院の設計についても、一般論としても、まだありません。どの抑制が効いているのかを患者さまごとに組織で見てから手を選ぶ――現時点で言えるのは、そこまでです。免疫側だけを強めても、がん側が同じだけ押し返してくれば、差し引きは変わりません。
論文の数字をそのまま自分の治療方針にすることはできません。間に挟まる確認作業を、順番に並べます。当院の診療でも、この順で進めています。
すでに診断のために採られている組織の免疫染色で確認できます。遺伝子の変異があっても、タンパクが蓄積していなければ標的として成立しません。紹介した2つの試験は、いずれもこの工程で対象者を絞り込んでいます。
遺伝子パネル検査で分かるホットスポット変異(R175H・Y220Cなど)かどうかで、将来の選択肢が変わります。変異の型とHLA型の組み合わせ次第では、変異型を直接狙う方法の対象になる可能性があります。組織パネルが難しい場合は血液で調べるリキッドバイオプシーという選択肢もあります。検査結果を治療設計へ反映させる流れはプレシジョンメディシンのページにまとめています。
この試験が教えているのは、抑制の正体を知らないまま道具を足しても結果が変わらないことがある、という点です。骨髄系の抑制が主なのか、制御性T細胞なのか、間質の壁なのか。組織の免疫染色で評価します(腫瘍微小環境(TME))。
2006年の試験と2018年の試験が共通して残した観察は、ワクチンのあとの化学療法が効きやすくなるかもしれない、というものでした。順番が意味を持つ可能性があります。標準治療を止めて置き換えるのではなく、どの時点で組み合わせるかという相談になります。
当院で行う樹状細胞ワクチン療法は自由診療であり、効果を保証するものではないものの、多くの学術論文誌で有益性についての報告はしております。この記事で紹介した試験も、そうした報告の一部です。そのうえで、次の3点をあらかじめお伝えしておきます。
紹介した試験はすべて、標準的な化学療法を終えた患者さま、あるいは標準治療と組み合わせる形で行われています。標準治療を中断して免疫療法に切り替える設計の試験ではありません。当院でも、主治医の治療方針を土台に置いたうえで組み合わせを設計します。
トレチノイン(販売名:ベサノイド®)の国内承認は急性前骨髄球性白血病に限られています。固形がんの免疫療法に用いることは承認の範囲外です。この記事は米国で行われた臨床試験の紹介であり、当院で同じ投与を行うという案内ではありません。グレード3の有害事象がATRA群で8名に出ていること、頭痛が71%に生じていることも、併せてご承知おきください。
病理でp53の蓄積が確認できない場合、この標的は成立しません。乳がんの試験では、スクリーニングに同意した方の約半数がこの時点で対象外となりました。また、全身状態が治療に耐えられない段階では、細胞を培養している数週間のあいだに病勢が進んでしまいます。紹介した試験でも、二次治療にたどり着く前に多くの患者さまが脱落しました。時間の見積もりは、現実的に行う必要があります。
この記事で紹介したAd.p53-DC(アデノウイルスベクターで野生型p53遺伝子を導入した樹状細胞)は、米国の研究機関で製造された臨床試験用の製剤であり、国内で承認された医薬品ではありません。当院で行っているのは、患者さまごとに標的抗原を選んで設計する樹状細胞ワクチン療法です(仕組みと進め方)。p53の過剰発現が病理で確認されている場合に、それを設計に含めるかどうかは個別に検討します。
同じではありません。試験で使われたATRAは150 mg/m²という薬理学的な用量で、食事やサプリメントから摂るビタミンAとは桁が違います。加えて、喫煙歴のある方を対象にβカロテンとレチノールを長期投与したCARET試験では、介入群で肺がんの発生と死亡がむしろ増えたため、試験は予定より早く中止されました(Omenn GS, et al. N Engl J Med. 1996;334(18):1150-1155)。レチノイドは量と対象によって向きが変わります。自己判断での高用量摂取はお勧めしません。
この試験から言えるのは、「末梢血のMDSCを減らして免疫応答を倍にするだけでは、この設計・この対象では臨床成績は動かなかった」ということです。ワクチン一般の否定ではありません。同じ試験で、免疫応答が出た患者さまからのみ5年を超える長期生存者が出ており、応答が出なかった患者さまは全員が進行で亡くなっています。誰に効くのかを見分ける指標と、抑制機構を複数同時に外す設計が、残された課題として明確になった試験だと読んでいます。
研究の場面では、末梢血のフローサイトメトリーや腫瘍組織の免疫染色で評価されています。ただし標準化された臨床検査として確立されたものではなく、がん種によって最適なマーカーの組み合わせが変わります。凍結保存の過程で顆粒球系MDSCの多くが失われることも、この試験の著者自身が限界として記載しています。当院では腫瘍微小環境(TME)の解析のなかで、免疫を抑えている要素を組織で評価しています。
TP53変異があることと、免疫療法の標的として成立することは別です。確認したいのは2つ。ひとつは病理の免疫染色でp53タンパクが実際に蓄積しているか。もうひとつは変異がホットスポット(R175H・Y220Cなど)かどうかで、これは将来の変異型特異的な治療法の適合に関わります。遺伝子パネル検査の結果をお持ちであれば、その内容を踏まえてご相談ください。
【免責事項】本記事は査読論文および試験登録情報、国内の添付文書に基づいて作成しています。一般的な医療情報の提供を目的としており、特定の患者さまへの診療を行うものではありません。治療効果には個人差があり、すべての患者さまに同様の結果が得られるとは限りません。また、免疫の抑制を解除することやがん抗原に対する免疫応答を高めることを目的とした薬剤等には、国内の保険適用や大規模臨床試験で標準治療として確立されていないものも含まれます。実際の治療は、リスクとベネフィットを評価し、ご本人の同意のもとで設計します。治療方針は主治医または専門医にご相談ください。
【最終更新日】2026年11月5日
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。