投稿日:2026.10.30/更新日:2026.10.30
膵臓癌(膵臓がん)に免疫チェックポイント阻害薬がほとんど効かないことは、よく知られています。理由はいくつも挙げられてきました。遺伝子変異の数が少ない。免疫を抑える細胞が集まっている。そして、抗原を提示する樹状細胞そのものが腫瘍の中に乏しい。
この3つ目に真正面から取り組んだのが、今回の Science 論文です。足りていない樹状細胞を、外で作って入れる。それだけで、効かなかった薬が効くようになるかどうか。
答えは、効くようになる、でした。
比べられたのは、同所移植した膵臓癌(iKPC*株)のマウスでの4つの条件。
| 治療 | 結果 |
|---|---|
| アイソタイプ対照(無治療に相当) | 進行 |
| 抗CTLA-4抗体+抗PD-1抗体のみ | 反応せず。生存は対照と変わらなかった |
| cDC1ワクチンのみ | わずかな疾患制御。生存はやや延長 |
| cDC1ワクチン+抗CTLA-4抗体+抗PD-1抗体 | 大半のマウスで腫瘍が消失。生存が有意に延長 |
表:治療条件による結果の違い(Mahadevan KK, et al. Science. 2024;384:eadh4567 より作成)
論文の表題そのものが、この結果を言っています——「1型従来型樹状細胞は膵臓癌の免疫療法を成立させる」。考察にも、cDC1ワクチンを単独で投与した場合はわずかな疾患制御にとどまったと書かれています。片方だけでは動かない。効いたのは組み合わせでした。
別の株(KPC-689)を同所移植したマウスでも、同じ併用で腫瘍が消失。
免疫チェックポイント阻害薬は、T細胞にかかったブレーキを外す薬です。外すべきブレーキがかかったT細胞が、そもそも育っていなければ、外すものがありません。
T細胞を育てるのは樹状細胞の仕事です。膵臓癌では、その役を担うcDC1が腫瘍の中に乏しい。そこから出てくる仮説は単純。膵臓癌が免疫療法に抵抗するのは、cDC1による適切なプライミングが欠けているからではないか。
この仮説は、ヒトの検体からも傍証が得られており、未治療の膵臓癌120例の組織を染めたところ、腫瘍に浸潤するCD11c陽性の樹状細胞が多い群は、少ない群より疾患特異的生存が有意に長いという結果でした。TCGAのデータでも、cDC1の指標となるBatf3の発現が高い群で生存が長い。
興味深いのは、CD8陽性T細胞の数そのものは生存を予測しなかったことです。効いているのは数ではなく質——どれだけ的確にプライミングされたか——だと読めます。
使われたワクチンの作り方は、次のとおりです。マウスの骨髄細胞をFlt3リガンドとGM-CSFで15〜17日間培養し、その中から表面にCD103を持つcDC1だけをソーターで選別します。そこへ腫瘍ライセートとpoly I:Cを4時間加えて成熟させ、150万〜200万個を腹腔内に投与しました。免疫チェックポイント阻害薬は、抗CTLA-4抗体と抗PD-1抗体を3回です。
腫瘍が消えたマウスでは、85日目に同じ腫瘍細胞を再び移植したところ、その後114日まで腫瘍は発生していません。一度排除した相手を、免疫が記憶していたことになります。
自然発生する遺伝子改変マウス(KPCマウス)でも検証されました。cDC1ワクチンと併用で生存期間の中央値が15週間延び、29%のマウスが250日まで生存しています。
腫瘍に入ったCD8陽性T細胞の受容体も調べられています。cDC1ワクチンを単独で投与してもT細胞の数は変わりませんでしたが、併用するとCDR3配列の多様性が増え、腫瘍を狙うクローンの幅が広がりました。ワクチンが変えたのはT細胞の量ではなく種類で、チェックポイント阻害薬がその幅を腫瘍の中まで届けた——というのが論文の見立て。
同じ論文の同じ図に、見逃せない対照実験が置かれています。研究チームは、選別したcDC1に3種類の材料をそれぞれ取り込ませました。併用する抗CTLA-4抗体と抗PD-1抗体は、3群とも同じです。
| cDC1に載せた材料 | 抗CTLA-4+抗PD-1を併用した結果 |
|---|---|
| 正常膵臓のライセート | 相乗せず。生存の延長なし |
| 腫瘍のライセート | 生存が有意に延長。大半のマウスで腫瘍が消失 |
| 腫瘍細胞のライセート | 同上 |
表:抗原源による結果の違い(同論文 Fig.5B より作成)
細胞は同じ。薬も同じ。投与の仕方も同じ。違うのは載せたものだけで、結果がゼロと全部に分かれました。
これは「細胞を入れたこと自体が効いた」のではないことを示す対照です。効いたのは、腫瘍の抗原を積んだ樹状細胞でした。足すだけでは足りず、何を持たせて足すかまでが条件に含まれている。
この対照実験を読んだとき、私は25年ほど前の空気を思い出しました。
2000年前後、腫瘍免疫学の主流は「正体のわかった抗原」でした。MAGE、MART-1、gp100、チロシナーゼ。アミノ酸配列が決まっていて、どのHLAに載るかも計算できる。設計できるものを設計する、という方向です。それに対して、腫瘍組織をまるごと砕いたライセートは、分野の評価が厳しいものでした。中身が定義できず、正常組織の抗原が混じる。免疫応答を追跡できず、製造も標準化できない。科学的に後退した手法と見なされていた、と言っていいと思います。
当時、私の上司が、免疫学の第一人者から「ライセートの樹状細胞は難しい」と言われたと聞いています。否定ではなく、難しい、という言い方だったそうです。
私が東京大学医科学研究所で樹状細胞ワクチン療法の臨床研究に携わっていた時期、その空気の中で、あえて自己腫瘍ライセートが選ばれていました。対象はステージIVの悪性黒色腫、10例の第I相試験です。成分採血で集めた単球をGM-CSFとIL-4で7日間培養し、自己腫瘍のライセートとTNF-αで成熟させて、週1回・10週にわたって投与する。低用量のインターロイキン2を併用した設計でした。
成績について、論文は率直です。完全奏効も部分奏効もゼロ。安定(SD)が1例、一部の病巣だけが縮小した混合反応が2例、残り7例は進行。結論として書かれているのは、安全に実施できたこと。効果についてはさらなる研究が必要だと明記されています。
ただし、この試験には当時の懸念に正面から答える対照が置かれていました。
照射した自己メラノーマ細胞とそのライセートを皮内に注射すると、5週後・10週後に10例中5例で反応が陽性化しました。同じ患者さまの末梢血単核球とそのライセートには、反応が出ていません。さらに、治療後のリンパ球は自己のメラノーマ細胞を殺しましたが、HLAが一致しない他人のメラノーマ細胞は殺しませんでした。抗核抗体も、10例全員で治療前後ともに上昇していません。
腫瘍にだけ反応し、自己の正常細胞には反応しない。「正常組織の抗原が混じる」という懸念に対して、3系統の対照で答えが出されていたことになります。
医科研の試験では、10例のうち2例で転移巣に著明な中心壊死が起きました。論文には、理由を特定できなかったと書かれています。血清を解析し直して見つかったのが、29 kDaのタンパクに対する抗体でした。正体はカルボニックアンヒドラーゼII(CA-II)。腫瘍の血管内皮に発現し、正常の血管内皮には発現していない分子です。
意外な標的でした。CA-II自体は昔から知られた酵素で、未知の分子ではありません。知られていなかったのは、それががん免疫の標的になりうるということ。当時のワクチン設計はMAGE、MART-1、gp100といった分化抗原を並べるもので、腫瘍に血を送る管の側の分子は、どのリストにも入っていません。ペプチドを選ぶ方法では原理的に到達できない標的です。
これが自己腫瘍ライセートの構造上の強みで、何を載せているか定義しないかわりに、設計者の知識の外側にある標的まで運んでしまう。定義できないという弱点と、定義していないから拾えるという強みは、同じ性質の裏表でした。
ただし抗体が見つかったのは10例中1例です。もう1例では腫瘍血管内皮はCA-II陰性で、それでも壊死は起きていました。論文の結論も「関連している可能性がある」まで。標的の幅が広いことと、患者さまが長く生きることは別の命題です。ライセートとペプチドを同じ患者集団で比べた無作為化試験は存在しません。
CA-II抗体は自己免疫性膵炎などで検出される自己抗体でもあります。知識の外側まで拾うとは、拾ってほしくないものまで拾いうるということでもある。
難しい、という評価は正確でした。
医科研の論文には、もう一つ冷静な所見が載っています。患者さま由来の樹状細胞を健常者12人の樹状細胞と比べると、系統的に弱っていました。成熟させたあとのCD86とHLA-DRの発現が有意に低い。抗原の取り込み能も、ケモカインへの遊走能も落ちている。健常者では成熟に伴って上がるはずのT細胞刺激能が、患者さまでは上がりませんでした。論文が挙げている可能性は、メラノーマが出すIL-10やTGF-βによる樹状細胞の機能不全。
この構図は、今回の Science 論文の出発点と同じです。腫瘍の中の樹状細胞は、いても十分に働いていない。だから外で作って入れる、という発想になる。25年前の臨床研究は、材料が患者さま自身である限り残る限界を、数字で記録していました。
当院で実際に行っている工程は、次の4段階です。
腫瘍組織が採取できるかどうかが、この方式の入口になり、実務で最も詰まるのもそこです。
この論文が示したのは、膵臓癌で免疫チェックポイント阻害薬が効かない理由の一つが「抗原を提示する役が足りていないこと」であり、そこを埋めれば薬が働きうる、ということです。マウスの話ですが、考え方としては私たちがやってきた方向と重なります。
当グループの治療設計 SynerTri®(シナトリ/学術名 iCCI)は、樹状細胞ワクチン療法を〈アクセル〉、免疫チェックポイント阻害薬を〈ブレーキ解除〉、局所療法を〈スイッチ〉として組み合わせるものです。アクセルとブレーキ解除を同時に置くという構成そのものが、この研究で試された形に重なっています。
ただし、重ならない部分のほうが大きい。使う細胞が違い、対象が違い、検証の段階が違います。同じだと言うつもりはありません。
そして、この研究が同時に突きつけたのが、載せる抗原の問題でした。私たちが自己腫瘍ライセートを標準に置いているのは、効果が大きいと証明されているからではありません。HLA型に縛られないこと、CD8エピトープとCD4エピトープを同時に含むこと、標的が多数あるため1つ失われても逃げ切られにくいこと。この3つの構造的な理由からです。そこにCA-IIという実例が加わり、誰も設計対象にしていなかった分子が、結果として標的になっていた。設計の外側まで運べるという性質は、裏返せば制御が難しいという性質でもあります。だから私は、ライセートを単独の解答だとは考えていません。ペプチドを貼り付ける方式を併用できる形にしているのも、そのためです。
私たちは、こうした論文を一つずつ読みながら、樹状細胞の進化を続けていきます。25年前に「難しい」と言われた方式について、何がどう難しかったのかが実験で特定されるところまで来ました。その特定が積み重なった先に、次の設計があると考えています。
批判的に見ておくべき点は4つ。
マウスの前臨床研究です。ヒトでの検証はこれからで、膵臓癌の患者さまに同じことが起きると述べた研究ではありません。
ワクチンと抗PD-1抗体だけを併用した群がありません。この研究でワクチンと組み合わせたのは、抗CTLA-4抗体と抗PD-1抗体の二重併用のみです。抗CTLA-4抗体を加えた寄与分は分離されていません。したがって「イピリムマブを優先すべき」という結論は、この研究からは出ません。加えて、マウスで用いられた抗CTLA-4抗体は制御性T細胞を除去する働きが強く、ヒトのイピリムマブで同じ作用が起きるかは論争が続いています。
ヒトのcDC1ワクチンは確立していません。骨髄から分化させてCD103陽性細胞を選別する方法は、そのままヒトに移せるものではありません。現在の樹状細胞ワクチン療法が用いるmoDCとは別の細胞です。
自己腫瘍ライセートの優位性を示す比較試験はありません。ライセートとペプチドを同じ患者集団で直接比較した無作為化試験は、現時点で存在しません。公表されている集計も、評価指標によって結論が分かれます。悪性黒色腫の38試験・626例を集計した報告では、奏効率は自己腫瘍抗原のほうが高い方向(13%対9%)でしたが有意差はつかず、安定(SD)を含めた臨床的効果ではペプチドのほうが有意に高いという結果でした。腫瘍組織が採取できる患者さまは手術が可能な患者さまでもあり、選択の偏りも入ります。
そのうえで、提示する役が足りなければチェックポイント阻害薬は働かないという点と、提示する中身が腫瘍由来でなければ成立しないという点は、この研究が実験で押さえています。
ここは動かないところです。
受けられません。今回ご紹介した研究はマウスを用いた前臨床研究で、ヒトでcDC1だけを選別してワクチンにする方法は確立していません。当院で実施している樹状細胞ワクチン療法は、末梢血の単球から作る樹状細胞(moDC)を用いる別の方法です。
当院では、病状とこれまでの治療歴に応じて組み合わせる設計を行っています。ただし、膵臓癌でこの併用の有効性を確かめた無作為化比較試験はありません。今回の論文もマウスでの結果です。適応・リスク・費用を説明したうえで、ご本人の同意のもとで設計します。
同じ患者集団で直接比較した無作為化試験がないため、優劣は決まっていません。ライセートはHLA型に左右されず標的の幅が広い反面、何を載せているかを定義できません。ペプチドは標的が明確な反面、HLA型の制約を受け、載せた分子以外は狙えません。当院では腫瘍組織が得られる場合にライセートを標準とし、ご希望に応じてペプチドを追加しています。
理屈のうえでは起こりえますが、ご紹介した悪性黒色腫10例の試験では、自己の末梢血単核球に対する皮内反応は陰性、抗核抗体も治療前後で上昇せず、自己免疫の臨床症状も認められていません。ただし10例の観察であり、どなたにも起きないと保証するものではないため、治療中は血液検査と診察で経過を確認します。
手術検体がある方、あるいは生検で十分な量が得られる方では可能です。実務上もっとも多い制約がここにあり、組織が得られない場合は、ペプチドを用いる方式や他の治療設計をご提案します。
当院の治療はすべて自費診療(保険適用外)です。費用は改定される場合があるため、最新の金額は料金表をご確認ください。
監修医師
矢﨑 雄一郎医師
免疫療法・研究開発
東海大学医学部を卒業後、消化器外科医として医療機関に従事したのち、東京大学医科学研究所で免疫療法(樹状細胞ワクチン療法)の開発に従事。現在はプレシジョンメディカルケア理事長として活躍中。専門分野は免疫療法及び消化器外科。著書『免疫力をあなどるな!』をはじめ、医学書の執筆も手がけ、医療知識の普及にも貢献。免疫療法の開発企業であるテラ株式会社の創業者。